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2008.06.20

言葉の森新聞 2008年6月4週号 通算第1036号


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言葉の森新聞 2008年6月4週号 通算第1036号
文責 中根克明(森川林)


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■■知識を活用する時代

 6月20日の日経新聞の特集「『アジアの未来』プログラム」に、竹中平蔵氏の講
演が載っていました。その中で、氏は次のような四つの提案をしていました。(1)
羽田空港の能力増強、(2)低率の法人税を適用するスーパー特区の新設、(3)ア
ジアの政府系ファンドの資金などを呼び込むための省庁の設立、(4)大学の国際競
争力を高めるための東大の民営化。 

 同じ特集で、自民党元幹事長の中川秀直氏がやはり、対談の中で、(1)羽田空港
のハブ化、(2)高い法人税の見直し、(3)英語を話せる人材の増加、などの必要
性を話していました。中川秀直氏は、副島隆彦氏がウェブの「学問道場」で、その力
量を評価していた政治家です。 

 こういう記事がいながらにして読めるというのが現代社会の特徴です。現代は、社
会の大きな方向を高い視点で述べることのできる人が、それぞれの分野で次々と世論
の前面に出つつある時代だと思いました。 

 歴史の流れを図式的に説明すると、最初は、少数の優れたリーダーが社会を引っ張
っていく時代でした。しかし、社会が複雑になるにつれて、官僚制が台頭します。始
めは有効に機能していた官僚制のヒエラルキーが次第に腐敗し、自己保身を第一に考
える多数の中間的小リーダーが広がるというのが現在までの時代だったと思います。

 ところが、インターネットの普及は、そのヒエラルキーを急速に無効なものにしつ
つあります。未来は、多くの優れた有権者が大量に登場する時代になるでしょう。リ
ーダーが一方的に政治権力を執行する時代から、多数の優れた有権者がそれぞれの局
面でふさわしい多数のリーダーを選ぶ、という民主主義の本来の形が生まれつつある
のです。 

 そのような時代に必要な能力は、材料を集める力よりもむしろ、与えられた材料を
料理する力です。学力で言えば、知識力よりも思考力ということになるでしょう。 

 人間が他の動物と違って格段に優れているところは、他人の知識をすぐに自分の知
識とすることができる点です。ピタゴラスが三平方の定理を発見したときには、膨大
な時間と天才的なひらめきが必要だったはずです。しかし、現代人は全くそのような
時間も才能も必要とせずに、わずか十数分でその定理を自分の知識として使うことが
できます。 

 最初に書いた竹中氏や中川氏や副島氏(もちろんほかのいろいろな識者も含めて)
の知識や提案は、彼らの独自の知識や経験や才能によって生まれたものでしょう。し
かし、有権者は、メディアを通じて、それらの考えを自分の判断材料としてすぐに生
かすことができるのです。 

 昔は、ほかの人の知らない知識を持っていれば、それだけで通用しました。今は、
どのような知識もすぐに社会全体に広がります。知識を蓄えることではなく、活用す
ることを勉強の目的としていくことがますます必要な時代になっているのです。


■■時には耐えることも必要(いろは/いた先生)

 4.2週の「な」の課題は「私は小さい頃」という長文の感想文でした。渡良瀬川で
水遊びをしていた筆者は水に流されてしまいます。そこでもがくのではなく、水の流
れに身を任せることで足の付く浅瀬へ届く、という長文の内容でした。

 わが子はこの「流れに身を任せる」ことに感銘を受けたようで、感想文の似た話に
次のような内容を書いていました。「野球の友だちが5年生になってから塾との両立
が大変でクラブをやめてしまった。もう少し続けていればよかったのにと思った」。
こんな内容です。この内容が食卓での話題で挙がったとき、どういう意味でよかった
のか、という話になりました。すると「下手くそで監督、コーチは怖くてもう本当に
嫌になるけれど、その壁を乗り越えたら楽しみが出てくるから。」という返事。思わ
ずちょっと涙が出てきました。

 小学校へ入学し、何か運動できた方がいいよねえ、という軽い気持ちで入部した野
球部。ふたを開けてみると、都大会ベストエイトに進出するくらいの強さでした。そ
して鬼のように怖いコーチや監督。初めはお遊び気分で行くこともできましたが、同
級生達がうまくなる一方で息子は伸び悩み怒鳴られることもしばしば。親の目から見
てもかわいそうな状況でした。「辞めさせてあげたいな。」そう感じたのですが、阻
止したのは夫でした。勉強をしなさいとも言わず、無理強いをしたことも無い彼が「
一度やると言ったことは最後までしなければならない。」と一歩も譲らなかったので
す。「ここで辞めてしまったら、息子は野球=苦しいというイメージしか持てない。
それでは野球も息子もかわいそうだ」。強い姿勢に私は折れ、息子が「辞めたい」と
言うまで見守ることにしました。それからの数年、辛い表情を浮かべながらも辞めた
いとは言わず、黙々と続けた野球。今一山越えて、やっと楽しさを見つけたのかとう
れしくなりました。

 あの時、母親の甘さを前面に出し「もう辞めようか。」と促していたら、今の息子
の成長を見ることができなかったかもしれません。一つの山を乗り越えた息子はぐっ
と大きくなったと思うのです。その成長は作文をきっかけに見つけられたのですから
うれしい限りです。

  作文では「もう少しがんばればよかったのに。」で終わっていた息子の言葉でした
が、それには続きがありました。「でも、山を登ったと思ったらまた大きな壁が出て
くるんだけどね(笑)。」うん、そうね。でも一つ山を登ったらその壁もよじ登れる
気がするでしょう? そんな言葉を言わなくても気づいている息子の横顔はいつの間
にか大きく成長していました。

 言葉の森をしていて、「辞めたいな」と思ったときは、もがかず流れにまかせるの
も一つの手かもしれません。流れに任せているうちに、そんな気持ちはどこかへ飛ん
で行ってしまっているかもしれません。うまく書けない、と思うのはうまくなれる自
分に気づいているからなのです。流れに任せるのも悪いことではありませんよ。


■■経験について(ごだい/ひら先生)

 「どうしたら、作文が上手になるのでしょう。親はどのような関わりをしたらいい
のでしょう。」

 ちょうど、一ケ月前ぐらいに受けた質問でした。ちょっと、いやかなり大きなテー
マです(笑)。

「本人の経験×主に家族との会話×読書×書くこと(考えること)×よいところをほ
めること・・・これらの総和で、保護者はお子さん書いたものの良いところを認め、
ほめつつ、会話や経験をサポートし、読書の環境を整えることだと思っています」

とお答えしました。「共によりよく生きる」ことそのものが作文と言ってもいいかも
しれません。人の成長はスパイラル状です。作文も人の成長も直線的ではないけれど
、日常のいろいろなことから山を登るようにグルグルと上手になっていくのだと思い
ます。

 さて、今回は経験について面白い文章を見つけたのでご紹介します。出典は河合隼
雄さん『河合隼雄のこころ 教えることは寄り添うこと』です。(因みに河合隼雄さ
んの文章は言葉の森や中学受験などの問題文にもよく使われています。)

  バレリーナの森下洋子さんの所属する松山バレエ団が、ある中学校で公演をした。
子どもたちははじめて見る、ほんもののバレエに心を奪われていたが、その子どもた
ちから送られてきた感想の一節に次のような文章があった。

「素晴らしい踊りを見ているうちに、私も何か天職と思われるものを探し出し、それ
に熱中したいと思いました」。この子は、バレエを見て、私もあんな風に踊れたら、
などとありきたりのことではなく、バレリーナの姿に「天職」を感じ取り、自分は自
分としての「天職」を見いだして頑張りたいと思ったのだ。人の真似をするのではな
く、自分には自分にふさわしい職業があるはずだと確信したのである。

・・・本物に触れると、心が否応なく動かされ、自分作りの肥やしになるということ
ですね。

  最近全日本のサッカー代表チームの監督をした、岡田武史監督と話し合う機会があ
った。彼によると、彼がイタリーの有名なサッカーの監督に、よき指導者になるため
の条件を訊くと、音楽、演劇、舞踏などの一流の芸術にできる限り多く接することと
言った。(中略)つまり、一流の芸術に接することによって、自分の心が豊かになる
ことが、結局は指導力につながってくる、というのである。

・・・「指導力」とは「人間力」と置き換えてもいいと思います。これは人と協力し
ていく上で必要な能力ですね。

 二つの引用共に本物に触れる経験の意味を語っています。 

経験には、自分が実際にやってみる「体験」と上記のような受け手としての「体験」
二種類あります。実際に作文の題材に登場するのは、自分でする体験が中心になりま
すが、目に見えない受け身の体験、一流の芸術に触れることもとても大切です。ご家
族で意識的に楽しまれるのも一考ですね。



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