2008.06.20
サキさんのチェンマイ日記
■525■ 6月20日 2008
「携帯メール」
ブログを閉鎖しました。あまりにも無意味な書き込みが多く、癖へきしていたためです。
それにポルノ系の書き込みも多く、削除に時間が掛かります。日本人はどうしてこうも、
他人の悪口や誹謗を繰り返すようになったのでしょうか。それも、すべて短いセンテン
スで、何を言おうとしているのかが、はっきりしないものが多いのです。
こんな短文では、自分の意志を相手に伝えられないと思いますが、この傾向が、だんだ
んと激しくなってきている様に感じるのは、僕だけでしょうか。
僕は饒舌です。短い言葉では、自分の考えを、正確に他人に伝えられないと思うからで
す。「沈黙は金」とは決して考えません。饒舌の中に、人と人とのコミニュ二ケーショ
ンが成り立ち、意志の疎通が計られると思うからです。声のコミュニケーションは、文
字では伝わらない多くのことが理解し合えます。「駄目」と言っても、明るい口調であ
れば「O Keyの可能性を秘めた「駄目であり」、強い口調であれば全く可能性のない
「駄目」だと言うことになります。
携帯メールでは、まるで電報のようで、用件だけを伝えてそれでおしまいでは、コミニ
ュ二ケーションの方法としては、いささか寂しすぎます。どうも、日本人が、一方的に
自分の意見を述べて、相手を理解しないようになったのは、携帯電話の普及と、強い関
係があるように思えて仕方がありません。
携帯電話の、日本での普及状態は、その頃僕は香港に住んでいたので、詳しくは知りま
せんが、香港での事情はこんな具合でした。移動電話の始まりは、自動車電話でした。
多忙を極める香港では、自動車電話が導入されると、あっという間に普及しました。
1985年くらいの頃でした。僕も早速車に取り付けて重宝していましたが、しばらく経
つと、どこにいても簡単に捕まってしまうため、自動車電話を忌み嫌うようになりまし
た。
しばらくすると、携帯電話お目見えしました。最初の頃のものは、大型で、弁当箱くら
いの大きさで、重さもかなりあり、バッテリーが長持ちしないので、予備のバッテリー
を常に持ち運ばなければならないという不便さでした。値段も結構しましたが、香港で
はステータスシンボルとして、エクゼクティブの必需品となりました。当時の想い出と
しては、香港映画お得意のギャングもので、格闘シーンがあり、相手の短刀を携帯電話
で防いだシーンが思い出されます。
僕は、自動車電話で懲りていましたので、なかなか携帯を持ちませんでした。
携帯電話の技術革新は急速で、そのうち小型のものが出現したと思ったら、携帯電話器
そのものは、無料で提供するサービスなどが始まって、あっという間に、総人口の半分
が、携帯電話の所持者というまでに普及しました。
香港人は、生来おしゃべりな国民です。それに、街が騒音にあふれていますので、会話
の声も自然に甲高くなり、地下鉄の中だろうが、街の混雑の中だろうが、お構いなしに、
携帯電話の会話を楽しんでいます。
一時、日本で問題になった、電車の中での携帯使用は、香港では全く問題にもなりませ
んでした。香港の地下鉄の乗客の中にも、ペースメーカーをつけた人がいると思いまし
が、規制の対象にはなりませんでした。筒抜けになる会話は、大して急を要するもので
はありませんが、それでも友人や、家族とのつながりを大切にしたいいう香港人の気持
ちが表れていました。
その頃です。所用で日本を訪れると、電車の中では「携帯の電源を切りください」とい
うアナウンスが盛んに流れていました。皆、携帯を持っているのですが、黙々と右手を
動かしてメールを打ち込んでいます。電話を持っているのに、皆寡黙で、モニターをに
らんでいます。香港であれば、くだらない会話を含め、声のコミュニケーションが、盛
んに行われるだろうシーンです。
日本では、携帯は、今や電話をするものではなく、短文のメールを一方的に送りつける
ためのツールとなってしまっています。短文で、一方通行コミュニケーションは、「個」
の世界が中心で、他人とのコミュニケーションを忘れやすい状況です。
せっかくの携帯電話です。どこにいても、肉声で会話ができるという利点を、自ら放棄
しているのが、今の、日本人の一般的な携帯電話の使い方にはあるように感じて、仕方
がありません。携帯メールは、どこにいても、自分を伝えることができるから便利だと
いうのは、突然、着信音がなり、相手が電話に出られない状態でも、通話を強要するよ
りは、メールで用件を伝えるというのは、相手のことをおもんばかっての事であるとい
うのならば、しばらくして、声の電話をかけるべきです。
突然、電話の着信音が鳴るのは、多に迷惑だといいますが、僕は、電話に出られない状
況は、一日のうちで何時間もないと思います。メールで事が済んでしまったと思うのは、
相手のことを思いやっているのではなく、一方的な連絡で事足りたと、相手の答えや、
考え方を全くあてにしない一方通行の行為です。自己の押しつけと言ってもいいかも知
れません。
そのメールに返事がないのを怒るのは、メールは読まれるという前提に立った考えで、
自己中心の考えです。電話であれば、相手の返事をその場で受け取ることができますし、
会話の中に新しい発展も期待でき、相手の考えているニュアンスまでも、聞き取る事が
できます。
どうも、最近の日本人は(特に若者は)、他人とののつながりを放棄する傾向にあり、そ
のくせ、一方的に自己主張するだけで、相手の事を思いやろうとしなくなってしまった
のではないかと危惧します。
いきなりの電話は迷惑だというならば、マナーモードを多用するべきです。
「Silent」「Meeting」「Outdoor」「My Style1」「My Style2」と、僕が現在使って
いる最低価格の携帯電話でも、自分の状況を相手に伝えるモードがあります。この表示
がない場合は、電話で会話が可能な状態であり、それをいきなり短文メールでは、あま
りのも一方通行過ぎます。相手が電話に出られる状態にあっても、短文メールですまそ
うとする傾向があります。面倒くさがらずにこまめにモードを切り替えて、相手に自分
の状況を知らせるべきです。
携帯メールでは、愛を告白することができても、面と向かっては、旨く自分の気持ちを
相手に伝えることができない若者が増えていると言います。この現象は、言い換えれば、
コミュニケーションが旨く取れないという事を具現化したもので、一方的に自分の考え
を主張して、相手の反応は頓着しないというのにも、似ています。
今度の、御徒町での歩行者天国での痛ましい通り魔事件でも、携帯メールがマスコミに
取り上げられました。自分の考えや、行動を、細かくメールに書いて掲示板に貼り付け
た行為は、個の世界がすべてだという、現代の若者の特徴が現れており、この傾向は、
犯人だけのものではなく、多くの若者に見られる現象であれば、危険きわまりない現象
と言わねばなりません。犯行予告を掲示板に書き込み、誰かが止めに来てくれるのを待
ったというのは、あまりにも身勝手な甘えの構造です。
誰かがメッセージを読んで止めてくれたら、今回の事件を起こさなかっただろうと言う
のは、自己抑制の乏しさが感じられ、他人に甘える気質がありありで、僕には理解でき
ません。今回の事件は、犯人が電話を使って肉声のコミュニケーションを計っていれば、
事態は全く違った帰結を迎えたのではないかと考えます。一方的な短文メッセージをい
くら送り続けても、誰も返答をしなかったという事実は、送り手が返答を期待しても、
この種のメッセージはまず読まれないと考えるが常識です。
携帯電話や、コンピューターの普及は、人間のコミニュ二ケーションの方法を激変させ
ました。ファックスや、テレックスもそうです。長文や、図、写真などを瞬時に相手に
送ることができますが、意思伝達の方法が機械的というか、一方的というか、人間の温
かさが感じられないように思われます。メールや、コンピューターのメッセンジャーで
は、真意を伝えることが難しいいと思う僕には、携帯メールは理解の範疇を超えた存在
です。肉声のコミュニケーションが最良です。
一時はやったワンフレーズ記者会見もそうです。あれで、大衆を煙に巻いて、悦にいっ
ていた宰相をいただいたのは我が国の悲劇です。
でも、考えを巡らしてみると、あれが当世風だともいえます。だから人気を博したのだ
と考えると、日本人のコミュニケーションも、ずいぶん薄っぺらになったものだと嘆か
ないわけにはいきません。
もっとも、僕は日本を離れて35年くらい経ちますので、日本の政治を云々するにはふ
さわしい人物ではないかと思いますが、遠くから見ていて、見える真実というものが
あります。
ワンフレーズといえば、僕の日本での仕事はコピーライターを手始めに、CMデイレク
ターなどをやっていましたので、まさに、ワンフレーズの世界に、どっぷりと浸かって
いたことになります。広告のヘッドラインは、ワンフレーズの極地です。どうして人を
引きつけるかに、知恵をそそぎます。そして大事なことは、そのキャッチは、他に埋没
せず、独自性を、話題性を常にはらんでいることです。
議論百出という状態がいいので、一方通行の自我の押しつけからは、なにも新しいもの
が生まれてこないと考えます。一度、携帯電話のスイッチを切って、1週間くらい過ご
して見てはいかがなものか。それで、世間から取り残されてしまうと怯えるのは、自己
の自信のなさを表わしているのです。文明の利器は、人間を変質させ、駄目にしてしま
う危険性をはらんでいます。
僕の外国人の友達は、若いときに一生懸命に働き、アーリーリタイアし、電話も、テレ
ックスも、掛かってこない生活が理想だと言います。携帯は勿論持たず、連日、グリー
ン上で白球を打っている友人を何人か知っています。彼らは、自己の価値観を持ち、そ
の実現に努力し、それをなしえた暁のご褒美として、リタイア後の生活を十二分にエン
ジョイする、ちょっとステレオタイプに見える彼らの生活信条は、決してパターン化さ
れてはおらず、自分の世界を、かたくなに崩さない信念に溢れています。そして、彼ら
は皆、饒舌です。
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