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宮沢賢治 Kenji Review


2008.08.02

宮沢賢治 Kenji Review 493


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Kenji Review 493
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--宮沢賢治---Kenji-Review-----------------------------------
-----------------------------------第493号--2008.08.02------
--〔今週の内容〕--------------------------------------------

「書簡(1931年)11」「〔日脚がぼうとひろがれば〕」

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ブログ毎日?更新中
http://www.kenji.ne.jp/blog/
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--〔話題〕--------------------------------------------------
「書簡(1931年)11」
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 今回は7月の後半です。このころになってくると、冷害の様相が
はっきりしてきたようです。『宮沢賢治年譜』の7月のところには、
こんな記事があります。

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 なおこの頃、花巻駅で小原弥一(八重畑小学校教員時代、高日義
海家の集会で一緒)にあい「冷害が心配で視察に行くところです」
といい、「いま岩手県を救う道はモラトリアムをやることです。と
大声をあげる。小原が問い返すと「岩手県は借金だらけです。この
借金を返さないことなんです。」と説明をはじめ、その声があまり
に大きいので駅派出所の白鳥巡査がとびだして傍にきたがなおも大
声を出し借金不払説をとなえ、白鳥巡査は危険思想かと緊張したが、
改札で事は了る。本年は冷害、凶作による農村不況深刻化し、物価
は前年より15.5%下落。農産物価格と農家購入品価格とのシェ
ーレ拡大、農家は困窮する。

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

 賢治の勧めてきた石灰の施用も、かなり効果をあげていると賢治
は判断していますが、冷害のために利益にはならなかったようです。

 こうしたときにいつも言われるのが、肥料設計をすすめた賢治に
対する非難です。責任を押しつける格好の相手であったわけです。

 東北の農民の困窮というのは、このころに急激に進んでいったと
言われています。全国的に小作争議なども頻発しますが、地主側も
積極的に対応し、戦後の農地改革に到る農村政策が行われていきま
した。しかしそれはやがて戦争に到る道でもあったのです。

 賢治の方はホラ話にひっかかったりしていますが、前回の「搗粉」
に続いて、壁石の開発に取り組んでいます。

 切り出した石を磨いたりして、壁の材料に売ろうというのです。
やがて大きなトランクに石のサンプルを詰めて、東京に出て行くこ
とになります。

--〔BookMark〕----------------------------------------------

岩石標本(プロピライト)
http://www.ricen.hokkaido-c.ed.jp/244chigaku_zukan/ganseki11/gansek11.htm

プロピライト
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%97%E3%83%AD%E3%83%94%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%88

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 プロピライト(propylite、変朽安山岩)とは二酸化炭素を含む
溶液の作用で変質した安山岩。角閃石や黒雲母の緑泥石・方解石化、
斜長石の曹長石・緑簾石化で淡褐緑色を呈するのが特徴。現在は岩
石名としては使用されていない。

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

蛇紋岩(じゃもんがん)
http://www.pref.iwate.jp/~hp0910/korenaani/g/017.html

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 蛇紋岩(じゃもんがん)はその名前のように、暗緑色〜黄緑色の、
蛇の皮のような模様をした岩石です。特に美しい蛇紋岩は貴蛇紋岩
と呼ばれ、彫り物や装飾用の石材としても使われています。

 蛇紋岩はかんらん岩などが水を含んで変質してできた岩石です。
かんらん岩は二酸化ケイ素が他の火成岩(かせいがん)にくらべて
ずっと少ない(45%以下)超塩基性岩(ちょうえんきせいがん)
で、マグネシウム、鉄などを多く含んでいます。

 地殻(ちかく=固体地球の一番外側)は、大陸が花崗岩や安山岩
(あんざんがん)のように二酸化ケイ素が多い岩石、そして海洋が
玄武岩(げんぶがん)のように二酸化ケイ素が少ない岩石からでき
ており、かんらん岩のようによりに酸化ケイ素が少ない超塩基性岩
はあまり存在しません。超塩基性岩は地殻の下のマントルをつくっ
ている岩石です。

 それでは、なぜ、地殻にあまり存在しない超塩基性岩が北上山地
に分布しているのでしょうか?その謎は岩石組成(がんせきそせい)
やまわりの地層を詳しく調べたり、岩石に残された磁気を測定する
ことなどで除々に明かされつつあります。

 県内で蛇紋岩が分布している代表的なブロックのひとつに、盛岡
〜早池峰山(はやちねさん)〜釜石と北上山地を斜めに横切る細長
い地域、早池峰構造帯(はやちねこうぞうたい)があります。

 北上山地は、この早池峰構造帯を境に、地層の堆積環境や時代が
異なることから、北側を北部北上帯、南側を南部北上帯と呼んでい
ます。北部北上帯は深い海の堆積物が厚く堆積しており、化石はあ
まり含まれません。いっぽう、南部北上帯は古生代シルル紀から中
生代白亜紀(はくあき)までの比較的浅い海で堆積した地層がよく
そろっており、化石の産地として有名です。

 現在、地球上の様々な現象は、地球表面を覆っている十数枚のプ
レートの移動によって起こると説明されています。プレートは絶え
ず移動しつづけ、同様にその上にある陸地や海も移動し、割れたり、
衝突したりしながら現在の姿になったのです。古生代の前半には、
南部北上帯の原型は南半球で浅い海の堆積物を堆積させる陸地とし
てすでに存在していました。やがて、その一部がプレートの移動に
よってユーラシア大陸の原型に衝突、南部北上帯をつくりました。

 その後、深い海の堆積物がプレートのに乗って南部北上帯の外側
に加わりつづけます。これが北部北上帯です。両者の境の断層帯
(だんそうたい)が早池峰構造帯です。早池峰構造帯では激しい断
層運動(だんそううんどう)によって過去のプレートの一部が表面
に露出し、浸蝕(しんしょく)されているのだと考えられています。

 みなさんも早池峰山の蛇紋岩の上に立ち、「今、私は遠い時代の
海底のかけらの上にいるのだ」と、4億年以上も前の地球に思いを
はせてみませんか。

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

--〔書簡〕--------------------------------------------------

[369] 1931年7月11日 鈴木東藏あて 封書(封筒ナシ)

  七月十一日

拝啓 只今当地花銀支店より左記返書付にて高橋清吾氏に向けたる
壱〇二円八拾銭の手形返送有之候間右如何なる事情に候や至急御回
答願上候

 水沢町盛銀水沢支店宛 高橋清吾出シ

 昨日御葉書に相接し候件是は小生儀の一向存ぜぬ事なれば又如何
なる処よりの手形なるか判らづ小生に了解なくして手形発行是有る
ものなれば今回は確実なる認なき内は全々御断り申上候 右之通り
御返答申上候
                         以上
   昭和六年六月二日                敬具

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 工場の手形が回ってきたことに対する問い合わせです。詳細はよ
くわかりませんが、ときどきこういうことがあったようです。

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[370] 1931年7月14日 鈴木東藏あて 封書(封筒ナシ)

  七月十四日

拝啓 御送附の青石早速左官及コンクリー職の人々に照会候処壁砂
及人造石材料として矢張相当見込あるべきも価格は紫に及ばざるべ
き由略々貴方の御見込位らしく御座候 但し何分にも之等の品は大
問屋よりも思ひ切って小口に各使用者へ送り候方当方としても割に
合ふらしく候 出来得べくば前便八噸中へ右青石及黄黒は見本とし
て十貫宛にてもお入れ願ひ度然らば直次第例の標本作成にかゝり、
その上東京関酉需要者へ思っ切って宣伝致し見度存候 尚搗粉の方
は肥料用炭酸石灰の如く一時に大量は出でざるも冬期は断えず相当
の需要あること充分確信有之工場も色々御不白由の場合と存候へ共
何卒折角の御取計奉願候                敬具

 追て一昨日八幡村及石鳥谷町に搗粉宣伝に参り候処小口乍ら注文
あり今后は蓋ろ一車売りよりも村々に細かく入りて小口にてトラッ
ク売りと致す方得策と存じ昨日来県内各組合へ更に広告百枚発送致
し候 東西磐井気仙各組合へも出し置候間右御諒承被成下度候

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 「青石」というのはどんなものだったのでしょうか。後の手紙で
「プロピライト」と言っているものだったようです。

 「小口のトラック輸送」というのは、実際にその後そうなってい
きました。貨車での輸送だけでは限界があるのです。

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[371] 1931年7月17日 鈴木東藏あて 封書(封筒ナシ)

  七月十七日

拝復 十五日発貴簡拝誦仕候 搗粉其他御発送の件当地にて何とか
販路を見出すべく候間

 中林  紫石 拾、紫砂 拾、搗粉 適宜

を附合せ其他は麦搗粉及米搗粉半々位宛附合せ計八屯として御送附
奉願候 徳田組合へは右の内より先方トラックにて御送可申候
                          敬具

  鈴木場長殿                  宮沢拝

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 前回出ていた、水沢の中林商店へ商品の送付を依頼しています。
この件は大きなトラブルになりました。

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[372] 1931年7月19日 鈴木東藏あて 封書(封筒ナシ)

  七月十九日午

拝復 一昨夕は何の風情もなく寔に失礼仕候 昨日湯本方面へ参り
石灰施用地区巡覧致候処此の悪天候乍ら孰れも相当の成績を示し居
り殊に椚の目にて施用区不施用区比較したるもの分蘖にて約三−五
本位の相違を示し居り候。但し何分の苗不足と冷気に対し色々の原
因にて不良なる成績を示したるもの之を石灰の害に帰するもの有之
右説明には一寸骨折り候。

次に本日御送附の見本褐と云ふよりは矢張「緒」又は「岱賭」とし
て売り込み度之にて

 赤間  赤
 仝   緒
 仝   黄
 仝   青
 仝   紫
 大理石 灰 を得たる次第に有之何分にも見本各一貫位宛の処殊
に赭黄青御調製御送被成下候はゞ早速サムプル調整の上確実なる注
文を得度存居候。次に水沢御発送と共に仕切書御発便願上候
                          敬具

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 この年は冷害がひどく、石灰施用の効果も冷害によって見えなく
なってしまったところもありました。例によって賢治のところに責
任を持ち込んでくる農民もいたのです。

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[373] 1931年7月20日 鈴木東藏あて 封書(封筒ナシ)

  七月二十日夕

拝復 蛇紋岩砕石拝見仕、あれならば何とも申分無之と存候間何卒
右見本共昨日お願通御取計奉願候

次に本日漸く青森市より一通照会参り文面に見るに相当大量の需要
らしく候間今回は特に慎重を期し別紙回答御一閲の上価格御加筆見
本別便として御発信奉願候              敬具

  鈴木場長殿                   宮沢拝

 追って見本は青森及北海道にはわざと加へ置かず照回に依って別
紙様の説明を附することと致したる次第に御座候。

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 蛇紋岩のサンプルを見たこと、青森から照会があったことを伝え
ています。

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[374] 1931年7月25日 鈴木東藏あて 封書(封筒ナシ)

  七月廿五日正午

拝啓 今朝お手紙を持参して中林氏を訪ひ支払方願候処未だに荷物
調査もせず従って少しも売り込みも致し居らず計算の処は何とも本
日は出来兼ぬるとの事に就き止むなく直ちに帰花中林氏の品物引当
にて五十円出す様父へ談し候へ共尚仲々にはかどらず殊に土曜の午
后と成り銀行の方も出来ざる為遂に本日は御送金の運びに至り兼ね
候。但し明后廿七日午前迄には如何様にしても必ず御送申上べく何
卒それ迄お待ち願上候。次に昨日御送附の緑青色標品見事なる色彩
に有之一見は第三紀頃のプロピライト系統のものと存ぜられ候へ共
産地は西方に有之候や。いづれにせよ充分見込有之と存候。先は何
ともお気の毒乍ら右御報迄申上候            敬具

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 水沢の中林商店に集金に行ったのですが、商品は放置されていて、
集金できませんでした。どうもホラ話にひっかかったようです。仕
方なく父に泣きついていますが、結局この日は送金できなかったと
いう内容です。(『年譜』によると、27日に30円送金したとなって
います。)

「青石」サンプルの件で、「プロピライト」の産地を聞いています。

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[375] 1931年7月29日 菊池信一あて 封書

  稗貫郡石鳥谷町 菊池信一様
  花巻町豊沢町

  七月廿九日午後               宮澤賢治

お手紙拝誦、ご結婚のことまことにお芽出たく祝しあげます。結婚
は私のやうに身体の弱くない限りは当然でまたその外に道はありま
せんのですから、決して今から何もかも壊して飛び出す様なことは
考へないで、どこまでもその条件下で生活を開拓されお父様へもご
安心になる様お努めねがひあげます。お手紙で見ると何かどこかに
ご不満の点もあられる様ですが、どうもそれは何かの行き違ひらし
く思ひます。

あなたの様にまっすぐにきれいにいままでを送って来た人には現実
があんまり低いものの様に考へられることもあると思ひます。それ
らに就ては科学的に解決すべきでこちらには諸方にいろいろの材料
もありますからお仕事のひまを見て一ぺんお遊びにおいでなさい。
改まってお祝も致しませんからあなたの方も今後は物を使ふやうな
ことは決してなさらず気楽にお立ち寄りください。八月十日から数
日は建築材料の仕事の為にエ場行きになるでせうがあとは大抵こち
らに居ります。お父さまへもよろしくご鶴声ください。まづは。

  菊池信一様

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 教え子の菊地信一が結婚した祝いの手紙です。

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[376] 1931年7月30日 鈴木東藏あて 封書(封筒ナシ)

  七月卅日

拝復 水沢及一ノ関よりの貴簡拝誦 中林氏今更売行なきを以て廻
送を乞ふなど云はれても誠に困る次第今一応掛合申すべく候間暫時
お待ちを願上候 洗ひ出し等の見本着々製作致し居候処只今迄の所
にては青鼠の混合、紫鼠の混合の洗ひ出し仲々面々く殊に鼠(石灰
岩)に黄が原石より点々に入れるも亦宜しき様に有之次には仰せの
如く壁標本及セメントヘ粉を加へたる標本にて即ち総計三十六種
(洗ひ出し十二種研ぎ出し十二種セメント加用六種壁六種)を製作
し各十通り宛と思ひ居候間何卒右成績亦今少しくお待ち願上候

                          敬具

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 初めは調子がよいが、結局何もしない人というのはいるものです。
中林氏はそんな人だったようですね。壁石の試作もいろいろとやっ
ているという報告もしています。

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--〔作品〕--------------------------------------------------

九三
     〔日脚がぼうとひろがれば〕
                      一九二四、五、八、

日脚がぼうとひろがれば
つめたい西の風も吹き
黒くいでたつ娘〔むすめ〕が二人
接骨木藪をまはってくる
けらを着 縄で胸をしぼって
睡蓮の花のやうにわらひながら
ふたりがこっちへあるいてくる
その蓋のある小さな手桶は
けふははたけへのみ水を入れて来たのだ
ある日は青い蓴菜を入れ
欠けた巨きなの椀を泛べて
朝がこれより爽かなとき
町へ売りにも来たりする
赤い漆の小さな桶だ
めいめい鍬を二挺づつ
けらにしばってゐるものだから
この人たちは
鳥の踊り〔フォーゲルダンツ〕の舞手とも見える
そんなら風よ
おまへがいつかステップ地方で歌ったやうに
今日はいちにち
この人たちのはたらくそばでふるえてくれ
今日はいちにち風よたのしいおまへのことばを
この人たちにさゝやいてくれ

【「九三 〔日脚がぼうとひろがれば〕下書稿(二)】

(『明滅する春と修羅』より「春と修羅」第二集 1928年初夏構想)
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--〔後記〕--------------------------------------------------

 今度の週末はまた花巻です。今回は夏のセミナーということで、
会場をいつものイーハトーブ館から、大迫町の施設に代えて行いま
す。その近所で宿泊するということで、ネットにはつなげそうもあ
りません。

 この次は9月の定期大会で、これで理事の仕事はおしまいです。
なんだか寂しいですね。

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--発行--渡辺--宏------- URL    http://why.kenji.ne.jp/
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