2008.07.19
■MM小学1875 荒木茂□『一つの花』───(資料編)
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■MM小学1875 荒木茂□『一つの花』───(資料編)
2008/7/19(土)蔵満逸司編集 wahaha@po.synapse.ne.jp
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連載(100)音読授業を創る そのA面と B面と
『一つの花』───(資料編)
横浜 荒木 茂
http://www16.ocn.ne.jp/~ondoku/
●戦争を知らない若い教師たちのために●
戦争を知らない若い教師たちが多くなりました。本稿では、物語『一つ
の花』の読解指導に役立つと思われる視聴資料などを紹介し、この物語を指
導する教師たちの教材研究ための資料を提供したいと思います。
物語『一つの花』の読解指導には、「出征」という過去の事実がどんな
ものであったか、よく知っておいて指導することが重要です。「出征場面」
をきちんと押さえて指導することがポイントとなります。また、お腹をすか
しているひもじいゆみ子の気持ちや様子に身につまされる如くに感じ取るよ
うに指導することも重要です。なぜ、ひもじかったかを知っておくことも必
要です。お腹をすかしているゆみ子に食べ物を与えてやれない両親の気持ち
(現実)を思いやり、一輪のコスモスの花にゆみ子が泣き止み、にっこりし
て何も言わずに汽車に乗って出征していく場面に読者は少しばかりほっとし
つつも無慈悲な現実の哀れさが身につまされます。
●出征兵士を送る●
物語「一つの花」の中に、ゆみ子のお父さんが出征兵士となって、駅構
内で母子に見送られる場面があります。当時は、通常は家族だけの見送りは
なかったと思いますが、例外な場合としてあったのかもしれません。作者
は、淋しく悲しい物語場面を作り上げるための虚構設定上の作為からこうし
た構成にしたのかもしれません。
通常は、村人たちが総出で、町内の人たちが総出で、駅に集合して、の
ぼりを立て、日の丸の小旗をちぎれるほどにふって、出征兵士を見送ったも
のでした。「駅には、ほかにも戦争に行く人があって、人ごみの中から、と
きどきばんざいのが起こりました。また、別の方からは、たえず勇ましい軍
歌が聞こえてきました。」のようにです。
大都市では、出征兵士が一堂に集まり、ひとまとめの集団として、大都
市の人々に大集合の号令がかかり、鳴り物入りの大行列を組んで、出征兵士
の大集団を見送ったものでした。家族だけ、というのは通常はありませんで
した。
実際に、過去において、出征兵士を送る場面はどんな様子だったので
しょう。次に、それを経験した人たちが書いた文章から引用してみます。
七原恵史・林吉宏・新崎武彦共著『ぼくら国民学校一年生』(ケイ・アイ・
メデア発行、2001)から引用
(荒木注、三人の著者は、「愛知県の、三河の、そして長篠村という狭くて
小さい集落に生まれ育ったぼくら」です。三人は軍国主義教育体制の「国民
学校」の児童として学校生活を送りました。当時の「国民学校」という戦意
高揚一辺倒の教育体制という特殊な学校生活の中で体験したことを、記憶を
振り返って記述しています。)
ーーーー引用開始ーーーーーー
兵隊送り
「兵隊送り」と言って、出征する兵隊さんを送りだす行事がしばしば
あった。兵隊送りは、一番早い時間に行うことが多かった。
ぼくらも朝早く起きて、眠い目をこすりながら朝食を食べてでかけた。
まだあたりは暗く、星がまたたいている時もあった。そんな時はよく流れ星
を見た。明け方の空に、突然明るい光がスーッと尾を引いて流れる星を見る
のは楽しかった。「ああっ、今度の星は長かったな」などと話し合った。冬
の朝だと息を吐くと白い息が出た。何回も息を吐いてその広がりを楽しん
だ。
ある時、上級生がタバコを持ってきて、隊列(当時は隊列を組んで歩い
た)の一番うしろに行って火をつけた。たいへんなことをするなあと思って
いると、二年生や三年生のところに来て「お前も吸え」と言って吸わされ
た。背けば怒られるので吸った。吸えば下級生も同罪であり、告げ口ができ
なくなるという理屈である。しかし、一年生には吸わせなかった。これは、
あの頃の仁義であったと思う。
兵隊送りは、本長篠の駅が多かった。駅前は狭い場所であった。その駅
側の送る代表である村長や役員が並び、出征する兵士とその家族が駅の向か
い側にある店の前の方に並んで向かい合う。送る一般の人たちは両者の間に
立つ。やがて村長が出征する兵士の前に立って、激励の言葉を述べる。当時
の村長は筒井耕一氏で、しわがれた声でながながと演説した。要するにお国
のために頑張ってほしいということであった。それが済むと出征する兵士が
お礼の挨拶と出征にあたっての決意を述べた。自分の兄が出征する時は誇ら
しいような、照れ臭いような気持ちが半々であった。列車が来るまでの間、
軍歌を歌った。「出征兵士を送る歌」などはその一つである。
一 わが大君に召されたる
命はえある朝ぼらけ
たたえて送る一億の
歓呼は高く天を衝く
いざいけ つわもの
日本男児
いよいよ出発の時間が来て、列車が構内に入ってくると、みんな手に手
に旗を持って振って見送った。これも途中から旗を振っているとスパイに軍
隊を送りだしていることがわかってしまうからいけないという理由で旗を振
らないことになった。スパイってどこにいるのだろうかと不思議であった。
出征した兵士は男子がほとんどであったが、一人従軍看護婦として出征
する女性がいた。姿勢や顔つきもよく、挨拶もしっかりしていると感心した
が、いざ、電車が動き出すと、デッキの上で手を振っているけれど、涙があ
ふれでて、ハンケチで顔を覆いながら遠ざかっていった。あれだけ気丈に見
えた人が涙を流したところを見て複雑な気持ちになった。
こうして出征した人たちは、指定された軍隊に入隊するらしいが、中に
は翌日に戻っていた人もあった。丙種合格という評価で、あの人も出征かと
戦況の厳しさを考えたが、やはり軍隊は無理であったのかと思った。その人
と顔を合わせるのはつらかった。
ーーーー引用終了ーーーーーーー
今の若い人たちは、軍歌をパチンコ屋さんで聞くことがあるでしょう。
上述の文章にあった「出征兵士を送る歌」とは、こんな歌です。
出征兵士を送る歌
http://www.youtube.com/watch?v=Gh_ZRCIsKUI
「出征兵士を送る歌」の歌詞にある語句解説
大君(天皇に対する敬称)
戎衣(軍服。戦争に行く時の衣服)
輝く御旗(ここでは日の丸)
銃後(戦場の後方。直接に戦闘に携わっていないが間接的に
なんかの形で戦争の参加している一般国民)
万世(限りなく続く永い世)
忠烈(きわめて忠義心が厚いこと)
父祖(父と祖父。または代々の先祖)
歩武(足のはこび。足取り)
出征兵士を送る歌(二葉百合子)
http://www.youtube.com/watch?v=gjhPoa4jyNA&feature=related
出征シーン(千葉駅、佐倉駅)
「出征兵士を送る歌」を鳴り物入り伴奏で歌い、送ってる映像。
当時は、国民総動員による国家総力戦であった。
http://www.youtube.com/watch?v=gysIixyuTcs
出征の様子(尼崎、新潟、山形)
http://www.youtube.com/watch?v=P64xrp_7k14
出征の様子(東京駅)
http://www.youtube.com/watch?v=X-R6HipFNac
冒頭場面に出征の様子が出てくる
http://jp.youtube.com/watch?v=7WOVJbs4pOM&feature=related
「同期の桜」の勇者たちの映像 序幕と終幕とに満開の桜花の映像
http://www.youtube.com/watch?v=6Ds5ZX5UXh4&feature=related
「同期の桜」 兵学校の訓練の様子と戦場の映像。天皇陛下の
御為に死んで靖国神社に護国の英霊として祀られる名誉の戦死。
http://www.youtube.com/watch?v=DEkqLqnuMq4
「嗚呼!同期の桜」六十数年前の悲劇に散った若者たちの
勇士を称え悼み………
http://www.youtube.com/watch?v=I5rgSB1QkFw&feature=related
軍歌「同期の桜」(削られた四番)
終奏のトランペットは悲痛な、むせび泣いてる演奏で、
聞く者には、ひとりでに涙があふれ出てくる、そんな演奏です。
http://www.youtube.com/watch?v=EAOmu6PhvtY&feature=related
「出征兵士」の解説
「出征兵士」については、下段にあるウェブサイト検索がまとめてくれて
ますので、ひとつ一つを検索して調べてみましょう。
http://www.asahi-net.or.jp/~uu3s-situ/00/Syussei.Heisi.html
戦時中の食糧不足のわけ
「一つの花」の本文に「お母さんのかたにかかっているかばんには、包帯、
お薬、配給のきっぷ、そして、大事なお米で作ったおにぎりが入っていまし
た。」とあります。「大事なお米」と書いてあります。なぜ「大事な」なの
でしょうか。ゆみ子が、なぜ、あんなにまでお腹をすかしていたのでしょう
か。また、「配給のきっぷ」とは、何なんでしょうか。
これについては、GoogleやYahoo!で「配給制度」と記入して検索して
みましょう。「配給のきっぷ」とも関連して理解できるでしょう。
●英霊の帰還●
英霊の帰還とは
「英霊の帰還」とは、「死して我が家に帰る」ことです。そして「靖国神社
に英霊として祀られる」ことです。これについては下記の文章をお読み下さ
い。
下記の文章「英霊の帰還」の映像については、上の「You Tubu]の検索
で「昭和初期の日本(その4)」と書き入れ、「検索」をクリックすると、
出征の見送り、英霊の帰還と遺骨の行列、配給制度、戦争協力キャンペー
ン、国民学校の発足などの映像が出現します。
下記のクリックでもよい。
http://jp.youtube.com/watch?v=yEY0ZMncN7M
つづいて上記した本、七原恵史・林吉宏・新崎武彦共著『ぼくら国民学校一
年生』(ケイ・アイ・メデア発行、2001)からの引用です。当時の子ども達
がどのように英霊を迎えたか、その一例が書かれています。
ーーーーー引用開始ーーーーーーー
英霊の帰還
兵隊送りとは逆に、「英霊の帰還」というのがあった。白木の箱を白い
布で巻き、頸にかけた遺族が、戦死した兵士の写真をかかげて駅の前に整列
した。村長が白木の箱や写真を持った遺族の前で演説をした。「英霊」とか
「名誉ある戦死」だとかお決まりの言葉が並べられた。戦死した兵士の家に
は「誉れの家」という表札が掲げられた。
ぼくの祖母の在所(出身地)でも長男が亡くなった。国からの連絡では
「台湾で戦病死」といわれたが、遺骨は帰らなかったし、どんなふうであっ
たかわからずじまいであった。
ぼくの伯父さんは、昭和十五年十一月三十日に出征し、昭和十五年十一
月二十二日にモンゴルで戦死した。わずか半年で白木の箱になって帰ってき
た。葬儀の日に祖父が箱をあけてみせてくれたが、白い骨があった。
村葬
戦局が不利になると多くの犠牲者がでる。長篠村でも出征兵士の訃報が
出始めた。無言の帰還を住民とともに学校から駅へ迎えに行った。
家族の代表の胸に白帯で抱きかかえられた遺骨の包みは痛々しかった。
住民を代表して労をねぎらう村長さんの言葉も、枯れたかすれ声であまり聞
き取れなかった。当時筒井村長であった。
無言の帰還をした兵士の葬儀は「村葬」で行われた。場所は長篠国民学
校の運動場で、大きな輪を作り、その中心に祭壇を置いて盛大に挙行された
が、若くして亡くなられた方々は、そうした時代に生を受けたとはいえ、お
気の毒であったと今でも思う。
「村葬」には三年生以上は全員が参列した。一、二年生は飛び回って遊
んでいた。葬式も終りに近づくと花籠が振られた。花籠の中から紙に包まれ
たお金が振り撒かれる。当時の子どもたちの現金収入の一つにこの花籠を拾
うため、普通の葬儀に子どもたちは群がった。
ぼくたちは葬儀に参列していて直立不動の姿勢をしているので、お金は
全て一、二年生に拾われてしまった。足元に落ちたお金を辛うじて足で踏み
つけ、後で拾おうとしていても、先生の「気をつけ!」の号令で、両足を揃
えた瞬間、足で隠しておいたお金が出ると同時に一、二年生に拾われてし
まった。
村葬が終わって一、二年生から取り上げようとしても、近くにはだれ
もいなくて、どこに隠れてしまったかわからなかった。小さい子どもたちの
知恵であった。
ーーーー引用終了ーーーーーーー
「英霊の帰還」は「名誉の帰還」であった。「死んで帰る」ことは「ほま
れ高い、名誉な、栄光の帰還」として人々に迎えられた。
なお、「白木の箱」については、すでに本ホームページの6年生教材
「川とノリオ」(いぬい とみこ)の教材解説の個所で書いています。そこ
で、わたしは次のように書いています。
「白木の箱」について。戦死者の遺骨は白い布におおわれていたことか
ら「白木の箱」といわれています。戦死者の遺骨は「白木の箱」に入れられ
て無言の帰宅をしました。英霊(軍人)の親(母、父)は気丈にも人前では
涙を見せることはせず、かげで泣かなければなりませんでした。人前で涙を
見せることは国辱であったのです。銃後を守る日本国民としての恥だったの
です。
戦争末期になると遺骨収集が困難となり、帰宅した「白木の箱」には、
人骨が入っていることは少なく(入っていても誰の遺骨かは不明)、一枚の
小さな板きれや紙切れしか入っていないのが普通でした。
考えみましょう。敵陣との激しい戦車や機関銃の弾が飛び交う修羅場の
戦場で戦死者や重傷者の味方兵士を引き連れて帰ることはとうていできませ
んでした。我が身を敵陣の砲弾の危険から回避しつつ戦うか、または我が身
だけで逃げ帰ることしかできなかったのですから。》
大川悦生作「おかあさんの木」という物語があります。かつて五年生の
国語教科書(教育出版)に掲載されていた教材文です。物語「おかあさんの
木」には次のような文章部分があります。お母さんの息子である一郎が、英
霊の兵士となって母親のところに名誉の帰還をした文章場面です。以下に、
この場面だけを抜粋引用しています。
ーーーー引用開始ーーーーーー
ところが、ある日、その木はなんのかわりもなかったに、役場の人があ
らたまってやってきて、一郎が中国大陸で、
メイヨノセンシヲトゲラレタ
という、知らせをくれた。
おかあさんは、むねもつぶれんばかり、たいそうおどろきなさったけれ
ど、じっとこらえて、手をついて、
「ごくろうさまでござんした。あの子が、おくにのお役に立てて、うれしゅ
うございます。」
と、いいなさった。
やがて、一郎の遺骨が、白木のはこにいれられ、白いきれにつつまれて
帰ってきた。そのときも、おかあさんは、人まえでは、なみだひとつこぼさ
んかった。
でも、おそうしきがすんで、しんるいや近所の人がもどってしまうと、
こらえきれんように、うちのあきちへとんでいった。〈一郎〉の木にとりす
がり、かたいみきにほおずりしながら、
「一郎、一郎、さぞつらかったろうね。たまにあたって、どんなにかいた
かったろうね、死にたくなかったろうね。」
というて、泣きなさったそうな。
そればかりではない。一郎が戦死してからというもの、毎朝、キリの木
にはなしかけるおかあさんのことばは、すっかりかわっていった。
まえはひきょうなまねはせんと、おくにのためにてがらをたてておくれ
や………そういいなさっておったのが、
「二郎も、三郎も、四郎もな、一郎にいさんみたいに死んだらいけん。てが
らなんて、たてんでもいい。隊長さんにほめられんでもいい。きっと、生き
て帰っておくれや。」
と、いいなさるようになった。
すると、だれぞ、どこでききつけてきたのだろう。おかあさんのところ
にきて、なじるように耳うちして、
「そんなこといっていのれば、せんそうにきょうりょくしない非国民といわ
れます。世間の口はうるさいで、きいつけなされ。」
というたり、へんにえんぎをかついで、
「キリの木は、冬、葉がおちるからいけん。みな、おはかの木になるに、ぬ
いてしまいなさるがいい。」
と、いうたりしたのだそうな。
それでもなんでも、おかあさんは、いままでとちっともかわらず、だい
じにだいじに、むすこたちのキリの木をそだてた。そして、あるときは、一
郎の写真をだきしめて、
「いまだからいうよ。おまえが、おくにのためにたてて、うれしいなんて、
ほんとうなものか。せんそうに死なせるために、おまえたちをうんだのでな
いぞえ。いっしょうけんめい大きくしたのでないぞえ。」と、生きてる人に
はなしかけるように、いいなさった。(以下、省略)
大川悦生作、箕田源次郎絵『おかあさんの木』(ポプラ社、1969)より
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★お知らせ★
本「小学校教師用ニュースマガジン」への連載も、今号をもって、ちょ
うど100号となりました。区切りがよいので、ひとまず100号で休載に
いたしたします。
またの機会に再度、掲載をさせていただくことがあるかもしれません。
その節は、またお付き合いしていただけると、うれしいです。
編集者から
荒木茂さんと、横浜で打ち合わせを行った日のことが思い出されます。
100回の連載は、本メルマガの中で最長となりました。
本メルマガは、あと8年発行し続けます。
連載を再開させていただく日を楽しみにしています。
本当にありがとうございました。
─────────────読者の皆様へ────────────────
読者の関係する研究会・講演会・書籍等の情報原稿募集中。一行35文字、行
数は,研究会・講演会20行以内厳守。連絡先メールアドレスまたは電話番
号と文責者氏名は必須事項です。掲載原稿は、特に断りのお知らせがない場合
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ご了承ください。
感想や投稿大歓迎。本MMで使うことがあります。匿名希望・掲載禁止の場合
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蔵満逸司 くらみつ いつし
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