2008.04.13
空気を読まない=怪物「野村克也」を生み出した時代は良かったのか?
「KY(空気が読めない)」というイヤな言葉が流行っている。
なぜ空気を読まなければならないのか? 理由はない。
みんなが同調してつくる「空気」などほとんど間違っている。
意識的に空気を読まず、空気に異議申し立てをする必要がある。
この論評は「市民の市民による市民のためのメディア」インターネット新聞JanJanに4月6日付で掲載されたものです。
JanJanで読むなら
http://www.news.janjan.jp/column/0804/0804044247/1.php
JanJanでのコラムタイトルは【大気圏外】です。次行のリストページからバックナンバーが読めます。
http://www.news.janjan.jp/column/taikikengai/taikikengai.php
今年のプロ野球の面白さの白眉は、楽天が首位に位置していることだ。野村克也の「監督力」のなせるワザだ。プロ入りのチャン
スを逃がさずテスト生で南海に入り、1軍に上がるチャンスも共につかんだ。人の姓名など覚えないほどすべてが野球の生活。こう
した怪物をつくり出す時代というのは、良い時代か、それとも悪いのか?
◆楽天首位は監督力のなせるワザ
今年のプロ野球は開幕後間もないが、いろいろ異変が多い。その中で白眉は楽天(正式名称・東北楽天ゴールデンイーグルス)が
7連勝し、首位に位置していることだろう。これが「監督力」のなせるワザであることは、誰も否定しない。選手の力を引き出す上
で、抜群の能力を持っているのが野村克也である。楽天監督2年目にして花咲こうとしているのである。
野村は著書も多い。代表的なものは、
「野球は頭でするもんだ!」(朝日文庫)
「負けに不思議の負けなし」(同)など。どちらかは私も読んだことがある。
◆指導者としてホンモノ
週刊誌記事を含む活字で読んだのか? それともテレビかラジオで聞いたのか。
<いまのコーチは、選手をつかまえて「君の打撃フォームは30カ所以上もの欠陥がある」なんて言うんだよ。僕は「そんなこと
言ってどうなる」って言いたいね。30数カ所の欠陥を指摘されて、選手が一つひとつ矯正するなんて、あり得ないことだ。
正しいフォームに変えようとするなら、たいていは腰の使い方とか、上半身と下半身のバランスとか、ワンポイントの助言ですむ
。そこだけ直せば、30数カ所の欠陥がすべて直るんだ。そのワンポイントが指摘できて、初めてゼニのとれるコーチだろうって言
うんですよ>
という言葉が印象的だった。なるほど指導者としてホンモノなんだ、と思ったからだ。
いまの学校の教師たちは、30数カ所の欠陥を探し出すコーチレベルにしか達していない。欠陥を是正するためのワンポイント助
言は何なのか? そういうことを考えもしない教師たちが圧倒的多数なのではないか……。
こんなことを書いておけば、それで一篇のコラムかなと考えていたのである。
◆真似ることはできない人
しかし、野村克也についてデータ集めをして、こんな薄っぺらいことはとても書けないと分かった。野村の真似なんか誰もできな
い。考えてみれば、他人の真似なんかできないことは当然のことだ。せいぜいできることは他人に学ぶことである。「真似る」と「
学ぶ」は、語源的には同じらしいが……。
野村克也とはどういう人間か? いちばん参考になったのは1999年読売新聞大阪本社版夕刊に72回にわたって掲載された「
何でやねん関西スポーツ学」と題する連載記事である。その第44回から52回まで、9回が「阪神 野村克也とは」である。その
シリーズを中心に、私に見えてきた野村の人物像は? 以下に書いてみよう。
◆小3から新聞配達
野村は1935年生まれ。食品店の二男として生まれたが、3歳の時に父が日中戦争で戦死。母が織物工場で働いて生計を立てた
が、その母も病気で入退院を繰り返すようになる。生家は人の手に渡り、町内を4度にわたって転居。新聞配達を始めたのは網野国
民学校3年の時だった。
読売の連載は当時、国民学校の教師になったばかりの女性担任教師の話を聞き、以下のように書いている。
<当時、国民学校の教師になったばかりの西村八重子(75)は、野村の作文を読んだ時の衝撃を今でも鮮明に覚えている。「う
ちは貧乏です。母は入院しています。大きくなったら金もうけをして、母を楽にさせたいと思います」。それから毎朝、新聞配達を
終えて登校する野村を校門で待ち受け、励まし続けた。冬はいつも洋服にびっしりと氷雪がこびりついていたという。
野村は今でも毎年オフに「先生、ただいま」と遊びに来る。その度に「つらかった。先生がおらんかったら登校拒否になっとった
」と、当時を振り返るのだという。当時はそんな様子は見せなかった。算術が得意で、分からないと納得するまで質問する。そして
納得するとニコッと笑う。西村は「監督としての忍耐強さや相手をとことんまで研究する姿勢、勝った時に見せる笑顔は、当時と変
わっていない」と、目を細める。>
◆遊びでは誰にも負けない
野村は、貧乏ではあったが、貧乏にうちひしがれていたのではなさそうだ。遊びの場面では、そのことがもっとはっきりする。メ
ンコ、ビー玉、陣取り。当時の男の子がやっていた勝負事で野村の右に出る者はいなかったというのである。メンコでは、いつも洋
服の前ボタンを外していた。投げる時に、風を起こす高等戦術だったのだが、子どもたちがそれに気付いたのは、ずっと後のことだ
った。ビー玉や陣取りにもおそらく秘策があったと思われる。
貧乏でも、算術が得意で、遊びなら誰にも負けない、健気な少年というところだろう。国民学校3年の時、野球を始めた。テニス
ボールと竹の棒を使った三角ベースだが、野村はだれよりも大きな打球を飛ばしていた。
中学校に入学すると、一度バスケットボール部に入部し、すぐに野球部に転部した。グラブやスパイクが買えなかったから野球部
をあきらめたのだが、すぐに先輩から用具を譲ってもらい、転部できた。
◆高校では事実上の監督
高校は隣町の府立峰山高。野村は1年の時から野球に没頭し、捕手で4番。3年のときには事実上のプレーイングマネジャーとな
り、練習から試合まで、すべてをとり仕切っていた。3年のとき、職員会議で「野球部をつぶす」ことが話題になったという噂が飛
び交った。野村は自ら生徒会長に立候補、当選し、会長を務めた。
野村のプロ志望を知っていた人が、当時南海ホークス監督の鶴岡一人に手紙を書く。京都・西京極球場で行われる府大会で峰山高
が試合する日、鶴岡が観戦に来る。その試合で野村は2塁打を連発、何回も盗塁を阻止する。
テスト生で南海に入ったのは1954年だが、2軍暮らしばかり。しかし翌55年、ホークスのハワイ遠征があった。野村はブル
ペン捕手として連れて行かれたが、試合出場のチャンスがあって活躍。56年には1軍の正捕手となった。プロ入りのチャンス、2
軍から1軍に上がるチャンスを、ともに逃がさなかったのである。
◆もともとは無口
全生活が「野球漬け」といった人である。投手の配球、打者の読み(いわゆるヤマをかけて待っているコースと球種)などについ
て、綿密なメモをつくり、それをもとに予測の精度をどんどん上げていった。
いまは「語録」ができるほど多弁だが、もともとは無口。解説者となって1981年から「週刊朝日」で「野村克也の目」という
連載をした。野村から聞いた話を担当記者が補足取材し、文章にする。シーズン中2人は、ほとんど毎日、行動をともにした。
担当記者が悩まされたのは、動作の遅さ。毎日ナイターが終わって東京・目黒区の野村邸に行く。野村は1人で食事をするが、イ
ライラするほどゆっくり。おまけにテレビで野球のニュースが始まると、じっと見入って動かない。ようやく食事が終わっても、野
村はしゃべらない。1つ質問すると、15分でも20分でも考え込む。明け方まで話をしても、大学ノート1ページ埋めるのがやっ
と。
この連載で、野村は自分の考えていることを表現するにはどういう言葉を選ぶのかを学ぶ。さらに殺到する依頼に応えた講演で、
話術を学んだ。
すべてが野球の生活だから、人の姓名など覚えない。担当記者は個人名でなく「朝日さん」「スポニチさん」と社名で呼ばれる。
阪神の監督時代、広報部の野村担当者でさえ、名前を覚えてくれなかったという。
◆土光敏夫並みの「怪物」
野球とも野村ともまったく関係がないが、
居林次雄著「財界総理側近録」(1993年9月、新潮社)という本がある。
副題は「土光敏夫、稲山嘉寛との七年間」で、経団連で会長秘書を務めた人の、回想録といった本だ。前半が土光会長についてな
ので、その部分しか読んでいないが、「怪物」ぶりにびっくりしたものだ。
無駄な慣行を次つぎ廃止してしまう。例えば、経団連正副会長が地方都市に行って、その地の財界人と交流するという催しがある
。1泊2日と決まっていたのだが、「日帰りできる」と、日帰りに変えてしまう。副会長もまた超1流企業のトップ。札幌や福岡へ
の出張が日帰りなんて、新米の時期以来経験がない。それでも土光は押し切ってしまう……。こんな話ばかりが続くのである。
野村のデータを調べてみて、土光と同じような怪物だという印象を受けた。土光は1896(明治29)年9月15日生まれ(1
988年8月4日死亡)、野村は1935(昭和10)年6月29日生まれ。かなり世代は違うが、1942年生まれの私は、「こ
の2人にはとてもついて行けない」と思ってしまう。
こうした怪物をつくり出した時代というのは、良い時代なのか、それとも悪いのか? よく考えてみなければならない。
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