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海外ミステリを読む


2007.04.06

海外ミステリを読む(97)


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「海外ミステリを読む」(97)

 [ニューヨーク・ミステリの系譜22]

  「警察小説あれこれ1」

   ニューヨーク市警(NYPD=New York City Police Depar
   tment)の最高責任者はコミッショナー(Commissioner)と呼
   ばれています。コミッショナーの訳語は昔は「警察局長」と
   か「警視総監」という訳もあったのですが、今では「アヴェ
   ニュー」を「街」、「ストリート」を「通り」と訳すのが定
   着しているように、「市警本部長」と訳すのが定着している
   ようです。ニューヨーク市警の場合、市長が決めるので警察
   畑とは関係ない人物が選ばれることもあるようで、最も有名
   なコミッショナーは後の26代大統領のセオドア・ルーズベ
   ルトです。ですが、アメリカでは地方分権が確率していて、
   警察組織も市や郡によって違うので、コミッショナー制度を
   採用しているのはニューヨークの他にはボストン、ボルチモ
   ア、バッファローなどの大都市だけだそうです。

   ニューヨークが舞台のミステリを読んでいると、すぐ市長が
   出てくるのは本部長の上司だからです。これが日本との組織
   の上の大きな違いなのです。アメリカの警察制度について日
   本語で書かれた一般書は殆どなくて、わずかに1981年に
   出版された「米国の警察」という本があるだけです。その本
   にはこう書かれています。

   『コミッショナーは市長によって任命され、市会の承認を
    要するというのが、一般的でニューヨークでは5年、ボ
    ルチモアは6年というように任期が定まっている。しか
    し、市長は特別の理由がなくても解任できることになっ
    ているため、市長交代とともにコミッショナーも交代す
    るのが一般的である。』

   これは26年前に書かれた本ですが、この状況は今も変わっ
   ていないと言えます。

   『ニューヨークの場合、警察の管理はすべてコミッショナ
    ー、コミッショナー代理とそのスタッフによって行われ
    る。その下に制服警察官の最高ポストである運用指令が
    おかれており、捜査、交通、警ら、警備およびそれらの
    支援活動の指揮監督を行う。運転指令はかっては警視監
    と呼ばれていた。』

   ここに書いてある「警視監」は「Superintendent of plice
   」を、「運用指令」は「Chief of Operation」を作者の上野
   治男氏が訳したものです。ですから他の人は別の訳し方をし
   ているでしょう。現在、この役職は「Chief of Department
   」と呼ばれています。このようにアメリカで組織そのものが
   変わっている上に、訳す人間も変わるので、ややこしくなっ
   ているのです。

   この本にはニューヨークではコミッショナーの下に7人のコ
   ミッショナー代理がいると書いてありますが、現在では13
   人です。この13人がそれぞれ分担して街を守っているので
   す。

   ニューヨーク市警は現在では12の部局(これは「Bureau」
   の私の訳語です)に別れていますが、ミステリに登場するこ
   とが多いのは制服警官と私服刑事のいる部局です。1968
   年3月号から半年間、小鷹信光氏が「ミステリマガジン」に
   「警察小説とその周辺」と題して書いていますが、その第一
   回目にこういう文章があります。

   『局長の下に警視を統合する警視長がおかれてところもあ
    るが、局長だけの都市警察も多い。その下がご存知のよ
    うに制服部と刑事部の二つにわかれていて』

   ここでの「局長」は「Commissioner」、「警視長」は「Supe
   rintendent」、「制服部」は「Uniform Division」の、「刑
   事部」は「Detective Division」の小鷹氏の訳です。この中
   で現在でも変わっていないのは「Commissioner」と「Detect
   ive」だけで、今では「Division」は「Bureau」に、「Unifo
   rm」は「Patrol Services」にと名称が変わっています。又
   ここには出ていませんが、「Patrolman」は「Police Office
   r」に変わっています。この名称の変化は大体70年代中期
   ですので、原文で読んでいる時にどちらの名称が使われてい
   るかで、その作品の時代背景が分かるのです。

   次ぎに階級の話をしておきます。組織内部では制服警官と私
   服刑事のランクは同じです。スタート時点の名称が「巡査」
   (Police Officer)と「刑事」(Detective)というように違い
   ますが、そのあとの上の階級では同じ名称です。「巡査」と
   いう言葉は今の日本では死語になりつつありますが、警察組
   織の中では現実に使われて続けていますので、そのままにし
   ておきます。序でに日本の階級は巡査、巡査部長、警部補、
   警部、警視正です。

   最初の昇進で「Sergeant」(主任)になります。そのあとは
   「Lieutenant」(警部補)、「Captain」(警部)、「Deputy
   Inspector」(次席警視)、「Inspector」(警視)、「Depu
   ty Chief」(部長代理)、「Assistant Chief」(副部長)、
   「Bureau Chief」(局長)と昇進していくわけです。そして
   最高位は「Chief of Department」(警視長)です。この役職
   は昔は「Superintendent」と呼ばれていました。        

   基礎知識はこれ位にして、実際の作品を読んでみたいと思い
   ますが、最初はコミッショナーを主役にしたミステリです。
   タイトルは「ザ・コミッショナー」です。1962年にリチ
   ャード・ドハテイが書いたこの作品は警察内部を描いた典型
   的な「警察小説」です。作者のドハテイは、この作品しかあ
   りませんので経歴がよく分からないのですが、巻頭に「過去
   にニューヨーク市警と深い繋がりがあった」と書いています
   し、内容からも元警官だったと思います。

   主人公は市警本部長で、彼の仕事と家庭生活を縦軸に、分署
   の刑事が自分のピストルを奪って逃げている容疑者を追う話
   が横軸に展開する物語ですが、縦軸が強い分だけ横軸が弱く
   なっています。実はこの作品は映画化されているのですが、
   映画の方は横軸に重点が置かれ、タイトルもピストルを奪わ
   れた分署の刑事の名前になっています。「刑事マデイガン」
   がそれです。本の日本語版でも、その題名を拝借してしまっ
   ています。スターの名前もマデイガン役のリチャード・ウィ
   ドマークの方が本部長役のヘンリー・フォンダよりも先に来
   ています。当時のスターの格から言えばフォンダの方が上だ
   った筈ですが、マデイガンを主役にした関係でウィドマーク
   を先に持ってきているのでしょう。この映画を見る時にはそ
   の辺も注意してみて下さい。この二人は「ワーロック」でも
   共演していますが、あの映画でもフォンダはウィドマークに
   喰われていました。

   映画はアクションものになっていますが、原作はNYPDの内幕
   を描くのに力を置いているように思えます。

   『警察官も公務員の一員だ。彼等は競争率の高い試験に合
    格して警察に勤務することになると、まずパトロール警
    官(巡査)からはじまって巡査部長、警部補、そして警
    部に昇格していく。これは大変長いみちのりで、非常に
    優秀な警官でさえ、15年以内に警部になれる者はめっ
    たにいない。しかし、さらに重要なことは、一般公務員
    として昇進できるのは警部までで、これが警官としての
    生涯で最高ランクになるのだ。』

   そして、これに続いて、「それ以上のランクの警官の運命は
   完全に本部長の手に握られている。」と書いて、階級名を羅
   列していますが、それは「警視補、警視、主任警視補、副主
   任警視、参謀局長、刑事部長、主任警視」と訳されています。
   上に挙げた私の訳と違う部分があるのが分かると思います。
   これ以外の訳し方をしている人もいます。このように訳者に
   よって階級名が違って来ますが、原語は一つだということを
   頭に置いて日本語版を読んで下さい。

   ミステリを読んでいると、「一級刑事」とか「二級刑事」と
   いう言葉が出てくる作品もありますが、これは階級ではあり
   ません。ただ「刑事」と書いている場合は三級刑事です。そ
   のあとミスがなければ試験ではなく、上司の判断で二級、一
   級と昇級します。しかし、一級刑事でも平刑事であることに
   は変わりありません。

   『本部長の命によってパトロール警官が刑事部に昇進する
    と、そこでの三級刑事から始まって、二級刑事、一級刑
    事への昇格もまた、本部長ひとりの決定次第だ。』

   上司の判断で昇進できるかどうかが決まるという点に、上司
   との軋轢の原因がある筈です。上司に受けのいい刑事は三級
   から二級へ、さらに一級へもなれるけれど、上司とうまく行
   っていない刑事は永久に三級のままということもありうるこ
   とになります。これに賄賂を貰っている、いないの話が絡む
   ストーリー展開はよくあります。

   この小説に出てくるマデイガン刑事は一級刑事です。

   『彼(マデイガン)は減給を受けて一級刑事から巡査部長
    になり、それから倍率の高い試験を乗り越えて昇進しよ
    うという野心も度胸もなかった。給料が減るからという
    陳腐な言い訳は一級刑事がよく使う。そして、彼等はそ
    のままその階級に縛り付けられるのだ。』

   この文章の中の「減給」という言葉については分かりにくい
   と思いますが、実はここに警察小説のテーマの一つがあるの
   です。一級刑事といえども階級は「刑事」ですから、「巡査
   部長」よりは階級は下なのですが、給料は上なのです。つま
   り、刑事は制服警官よりも優遇されているのです。NYPD
   のホームページには、三級刑事の給料は巡査と巡査部長の中
   間、二級刑事は巡査部長とほぼ同じ、一級刑事は警部補とほ
   ぼ同じだと書いてあります。それでいて、巡査と刑事は同格
   (Same Rank)だと但し書きを入れています。そういう風に
   書かざるを得ないという状況が、同格でないことを露呈して
   いるのではないでしょうか。

   つまり、一級刑事から巡査部長になると、階級は一つ上にな
   るけれど、給料は減るわけです。ですから、警部や警視とい
   う上の階級を目指していないのなら、一級刑事のままでいい
   と思う刑事も出てくるわけです。しかし、こういう給料の差
   が制服組と私服組の啀み合いの原因の一つであることは間違
   いないでしょう。

 [深読みコーナー] 

   NYPDを舞台にしたミステリを読む時には現場としては警
   察本部よりも、むしろ分署が出てくることが多いのですが、
   作者は必ずしも現実に存在する分署を使うとは限りません。
   現実の分署では自由にストーリーを展開出来ないと考えるか
   らです。ですから、読む際に現実の分署なのか、作者が作り
   上げた分署なのかを知っておくと、より深読みが出来るよう
   になります。後者の代表がエド・マクベインの「87分署」
   です。

   今のニューヨークに実在する分署名を全部挙げておきますの
   で、これから読む時の参考にして下さい。もしここにある以
   外の分署が出て来たら、作者が創り上げた架空の分署という
   ことです。分署の署長の階級を見ると、次席警視と警視が中
   心ですが、警部もいました。ですから、作品の中で署長が警
   部だったとしても、それは実際にあり得ることなのです。

   マンハッタン南地区

     1分署=エリクソン・プレイス16
     5分署=エリザベス・ストリート19
     6分署=西10丁目233
     7分署=1/2ピット・ストリート19
     9分署=東5丁目321
    10分署=西20丁目230
    13分署=東21丁目230
    14分署=西35丁目357
    (14分署はMTS=Mid Town South署と呼ばれています)
    17分署=東51丁目167
    18分署=西54丁目306
    (18分署はMTN=Mid Town North署と呼ばれています)

   マンハッタン北地区

    19分署=東67丁目153
    20分署=西82丁目20
    22分署=セントラルパーク内の86丁目の横断道路沿い
    (22分署はセントラルパーク署と呼ばれています)
    23分署=東102丁目164
    24分署=西100丁目151
    25分署=東119丁目120
    26分署=西126丁目520
    28分署=8番街2271
    30分署=西151丁目451
    32分署=西135丁目250
    33分署=アムステルダム街2120
    34分署=ブロードウェイ4295

   ブロンクス地区

    40分署=アレグサンダー街257
    41分署=ロングウッド街1035
    42分署=ワシントン街830
    43分署=フテレイ街900
    44分署=東169丁目2
    45分署=バークレー街2877
    46分署=レイアー街2120
    47分署=ラコニア街4111
    48分署=クロス・ブロンクス・エクスプレスウェイ450
    49分署=イーストチェスター・ロード2121
    50分署=キングスブリッジ街3450
    52分署=ウェブスター街3016

   ブルックリン南地区

    60分署=西8丁目2951
    61分署=コニー・アイランド街2575
    62分署=バース街1925
    63分署=ブルックリン街1844
    66分署=16番街5822
    67分署=スニーダー街2820
    68分署=65丁目333
    69分署=フォスター街9720
    70分署=ローレンス街154
    71分署=エンパイア・ブルーバード421
    72分署=4番街830
    76分署=ユニオン・ストリート191
    78分署=6番街65

   ブルックリン北地区

    73分署=東ニューヨーク街1470
    75分署=サッター街1000
    77分署=ユーテイカ街127
    79分署=トムキンズ街263
    81分署=ラルフ街30
    83分署=ニッカーボッカー街480
    84分署=ゴールド・ストリート301
    88分署=クラソン街298
    90分署=ユニオン街211
    94分署=メッセロール街100

   クイーンズ南地区

    100分署=ロッカウェイ・ビーチ・ブルーバード92−24
    101分署=モット街16−12
    102分署=118丁目87−34
    103分署=91番街168−02
    105分署=222丁目82−08
    106分署=101丁目103−51
    107分署=73番街186−01
    113分署=ベイズリー・ブルーバード167−02

   クイーンズ北地区
    104分署=カタルパ街64−02
    108分署=50番街5−47
    109分署=ユニオン・ストリート37−05
    110分署=43街94−41
    111分署=215丁目45−06
    112分署=オーステイン・ストリート68−40
    114分署=オーストリア・ブルーバード34−16
    115分署=ノーザン・ブルーバード92−15

   ステタン島地区

    120分署=リッチモンド・テラス78
    122分署=ハイラン・ブルーバード2320
    123分署=メイン・ストリート116

 (文献)

  ●「米国の警察」上野治男著・良書普及会・1981年刊

  ●「刑事マデイガン」リチャード・ドハテイ著・真崎義博訳
            (ポケミス1743)

  ●NYPDの組織と分署については、NYPDのHPの記載に依りました。
      
          http://www.nyc.gov/html/nypd/

  ------------------------------------------------------
   私のHPは「中原行夫の部屋」です。
      http://homepage1.nifty.com/y_nakahara/
   (連載状況)
   「昭和32年の映画館」は長野県飯田市と上田市を追加。
   「新宿・武蔵野館の上映記録」は昭和44年6月分を追加。
    ----------------------------------------------------
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