2008.05.09
■とっとり雑学本舗(第664号)
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■■■ ■ ■■■ VOL.664・第664号(2008.05.09)
■■ ■■ 発行者:鳥取県企画部広報課
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http://www.pref.tottori.lg.jp/ E-mail kouhou@pref.tottori.jp
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今週の水曜日に届いたうれしいニュース。北京オリンピックの自転車競技
日本代表に、北栄町出身の和田見里美(わだみさとみ)選手が選ばれました。
鳥取県出身者として、北京オリンピック出場決定第1号となる和田見選手。
8月に行われる本番では、頂点目指して完全燃焼してほしいですね。
=(目次)==============================================================
1.きょうの鳥取県
●まだまだ楽しめます!「藤寺」のフジ
2.とっとり豆知識
●ご存じですか?偉大なる鳥取県人
〜日本の海運業の礎を築いたパイオニア 加藤正義〜
3.編集部の週末レポート
●「鳥取砂丘 砂の美術館」で、砂像づくりの奥の深さを実感!
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1.きょうの鳥取県
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●まだまだ楽しめます!「藤寺」のフジ
初夏の陽気に包まれる5月上旬〜中旬に見ごろを迎えるフジの花。大山
町古御堂(こみどう)の仏通山住雲寺(ぶっつうざんじゅううんじ)は、
別名「藤寺」とも呼ばれ、フジの名所として全国に名を知られています。
今月3日〜5日には、同寺で毎年恒例の「藤まつり」が開催されました。
住雲寺の境内にあるフジの大木4本は、花の房が六尺(1.8メートル)
まで垂れ下がることから「六尺フジ」と呼ばれています。これは山野に自
生するノダフジの園芸品種で、親木は天然記念物に指定された牛島(埼玉
県春日部市)の古フジとのこと。この株を檀家のかたが寺に寄付され、樹
齢40数年と歴史は比較的浅いものの、日本でも数カ所しか存在しない貴
重なフジに成長しました。
境内いっぱいに張り巡らされたフジ棚から垂れ下がる紫色の花々の下、
まつりの初日には米子西高校の生徒たちが茶席を設けて琴の演奏を披露。
また、4日、5日にも地元サークルによる茶席、琴演奏が行われました。
そんな和の趣の演出が、フジの花の美しさと甘い香りに相まって、訪れた
多くの見物客を癒しの世界へいざなったそうです。
ちなみに、この住雲寺は、この地にゆかりの後醍醐天皇や名和長年(な
わながとし)などが活躍した南北朝時代の建武元年(1334年)に建立
されたとされる歴史ある寺。寺伝によれば、古御堂の鍋倉長者五郎太夫兼
光という人物の子・兼定が、父の菩提を弔うために建てたものと伝えられ
ています。
また、昨年から本堂などの改築工事が行われ、今年4月竣工。藤まつり
の琴の演奏会のために本堂の開口部を広くするなど、利用者により親しま
れる造りとなったそうです。
今年の藤まつりはすでに終了しましたが、まつりの期間中、フジの花は
まだ満開ではなかったため、実は今週末ごろが見ごろのようです。また、
開花中は夜間のライトアップが行われ、幻想的なフジの姿が楽しめるほか、
板わかめやもずくなど、海産物を中心とした地元の特産品も境内で販売さ
れています。
これからでもまだまだ楽しめる住雲寺のフジ。由緒ある寺とともに美し
く咲き誇るフジの花を眺めに、まつりに参加できなかった皆さんも訪れて
みてはいかがでしょうか。
(UM)
○山陰観光・旅のポータル「神々のふるさと山陰」
http://furusato.sanin.jp/p/area/daisen/15/
※住雲寺や藤まつりの内容が紹介されています。
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2.とっとり豆知識
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●ご存じですか?偉大なる鳥取県人
〜日本の海運業の礎を築いたパイオニア 加藤正義〜
現在、韓国の海運会社により、境港と韓国・江原道東海(トンヘ)、ロ
シア・ウラジオストクの港を結ぶ定期貨客船の就航計画が進められていま
す。もし実現すれば、旅客便として鳥取県初となる国際定期航路の開設。
「北東アジア地域の交流促進」や「鳥取県への観光客誘致」などにつなが
る「海の道」として期待を集めています。
さて、「海の道」といえば、読者の皆さんは、今から100年以上も昔、
幕末から明治にかけて、近代日本の海運業の基礎を築いた鳥取県出身の実
業家をご存じでしょうか。その人物の名は加藤正義(かとうまさよし)。
今回は、これまであまり取り上げられることのなかった正義の足跡をご紹
介したいと思います。
正義は、黒船来航の翌年にあたる1854年、日野郡別所村(現在の日
野町別所)で、三人兄弟の次男として生を受けました。時代は幕末の混乱
期、正義の将来にも大きな影響を与えることとなる明治維新の14年前の
ことでした。
幼少期に寺子屋で読み書きを学び、12歳で根雨の大庄屋、「近藤家」
に奉公に出された正義。しかし、「このままの身では、一生、庄屋に頭が
あがらない」と思うようになり、ついには、和尚を目指して大山寺で禅の
修業をはじめます。
しかし、自らの進むべき道を定め、即座に行動するのが正義のすごいと
ころ。大山には長くとどまることなく、明治6年、19歳で鳥取県庁で職
を得て、その年に布告された地租改正に伴う地券発行の業務を担当。この
後も山形県、兵庫県で官職を渡り歩き、兵庫県では当時の県令(現在の知
事)であった森岡昌純(もりおかまさずみ)に仕事ぶりを認められ、勧業
課長を務めるなど、関西の官界で実力を身につけていきました。
一方、富国強兵をスローガンに急速な近代化を押し進めていた当時の日
本において、海運業は重要な役割を果たすようになっていました。そんな
中、正義の運命を変える海運業の覇権をめぐる争いが、郵便汽船三菱会社
と共同運輸会社という2つの大きな海運業者の間で起こります。
当時、海運業は国の保護産業。両社の値下げ競争などによる業界の衰退
を懸念した明治政府は、明治18年に兵庫県令であった森岡と正義を農商
務省の要職に任命し、事態の収拾をはかりました。この争いを収めるには
両社の合併しかないと考えた正義は、自ら官職を辞して共同運輸会社に入
り、合併の実現に向けて尽力します。世界有数の海運会社、日本郵船会社
(現在の日本郵船株式会社)は、このようにして誕生したのでした。
その後、正義は40歳で同社の副社長に就任し、ヨーロッパ、アメリカ、
オーストラリア航路の開拓に奔走。また、中国各地の運輸事情を自ら視察
してまわり、帰国後は湖南汽船株式会社を設立して重役を務め、さらには
日清汽船会社も設立するなど精力的な活動を続け、黎明期の日本の海運業
にその名を刻みました。
短歌、書、茶道、刀剣、焼物をたしなんだ正義。ビジネスの第一線を退
いた後は、二つの歌集を残すなど、風月を友として過ごし、大正12年、
69歳でこの世を去りました。
海からほど遠い、山あいの集落で生まれ育った正義が、日本の海運業の
発展に貢献する大きな仕事を成し遂げることができたのは、自らが置く身
に満足せず、進むべき道を考え、そして行動したことによるのではないで
しょうか。その正義の姿勢は現代でも学ぶべきところが多いように思いま
す。
(MM)
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3.編集部の週末レポート
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●「鳥取砂丘 砂の美術館」で、砂像づくりの奥の深さを実感!
鳥取県警から、ゴールデンウィーク期間中(4月26日から5月6日)
の県内の主な観光地の入り込み客数の発表がありました。最も観光客が多
かったのは今年も水木しげるロードで、断トツの22万4000人。そし
て2番目が鳥取砂丘で、16万9500人だったそうです。
このうち、鳥取砂丘は昨年より4万人以上も増えました。晴天の日が多
かったことなどもありますが、多くの観光客で賑わった理由の一つに、期
間中4万6522人の入館客を集めた「鳥取砂丘 砂の美術館」(当本舗
661号で紹介)の存在があったことは間違いありません。
私もさっそく、素晴らしい砂の芸術作品を見にいってきました。ちょう
どゴールデンウィーク期間中は、地元の「ふくべ砂像研究会」のかたがガ
イドツアーをされていて、砂像の見所はもちろん、制作の裏話など興味深
い話も伺うことができました。今回は、案内板やリーフレットには書かれ
ていない、そんな現場の裏話を、ほんの少し紹介したいと思います。
「砂の美術館」の会場に入ってまず目に飛び込んでくるのが、「秦の始
皇帝兵馬俑(よう)」。始皇帝の陵墓を取り囲む兵馬俑坑の一部を再現し
たもので、砂で作ったことが信じられないくらいリアルな作品群です。
※俑とは、昔中国で死者とともに埋葬した人形(ひとがた)のことです。
さて、よく見ると、武士俑(兵士の人形)のうち一体だけが、なぜか左
の方を向いています。ガイドさんによると、これは本場中国の兵馬俑には
ないのだそうです。では、なんで左を向いているのでしょうか?
実は、制作が進められていたとき、その砂像の視線の先に、会場の入口
が予定されていたのです。会場に足を踏み込んだ観客が、兵馬俑の鋭い目
と視線を合わせドキッとする、そんな遊び心が反映された仕掛けだったの
だそうです(残念ながら入口の位置が変わってしまいましたが)。
あと、聞いて驚いたのは、彫刻家の皆さんがこの砂像を作る速さ。中国
から来日した張さんという砂像彫刻家の一家が制作されたのですが、これ
ら武士俑一体を彫るのに要する時間は、なんと2時間だったそうです。
張さん一家は、これまでも兵馬俑を作った経験があり手馴れたものだっ
たようです。でも、この立派な作品がたった2時間の作品とは!砂像を生
で見られたら、皆さんも驚かれること請け合いです。
また、そんな神業の裏には、事前の砂の締め固めや完成後の仕上げなど、
地味だけど質の高い作業が必要だったはずです。芸術家をサポートする関
係者の皆さんの苦労は、さぞかし大変だっただろうなと思わずにはいられ
ません。
兵馬俑の隣りは、シンガポールのタンさんが制作した古代アッシリアの
「人頭有翼の雄牛像」です。こちらにもいろんなエピソードがあったよう
ですが、私が一番興味深かったのは、像の土台に入った傷の話でした。雄
牛の前足の横の土台が10センチぐらい、えぐられています。
この傷、実はつい先日できたものだとのこと。家族に連れられて来てい
た5歳くらいのお子さんが、立ち入り禁止の場所に入って像を触り始めた
そうです。慌てた親御さんが「いけません」と言って引き離そうとしたと
き、その子の足が・・・といった状況だったそうです。砂の彫刻がいかに
繊細なものなのかを実感させられるエピソードですね。
ちなみに砂像は、砂と水だけを使って作られます。型枠に砂を詰めて水
を注ぎ込み堅く締め上げたものが、作品の土台になっています。完成後に
は表面を凝固剤で仕上げるとはいえ、やっぱり砂の塊そのものであること
に変わりはないのです。
そんなわけですから、これらの貴重な砂像は、1月に展示が終了すると
取り壊されてしまう運命にあります。それまでの限られた期間、私たちに
世界遺産巡りの旅を提供してくれる、はかない命の芸術作品たち。ぜひ皆
さんも現地でご覧ください。
<P.S.>
砂像の表面を固めるのに使われる凝固剤は、牛乳を原料としていて、
ゆくゆくは自然に還るものだそうです。鳥取砂丘という貴重な自然を扱
うだけに、細かなところにも環境への配慮を欠かせない関係者の皆さん
のこだわりがうかがえますね。
(AK)
○とっとり雑学本舗第661号
「砂の美術館の第2期展示『世界遺産・アジア編』」
http://www.pref.tottori.jp/kouhou/mlmg/topics/661_3.htm
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発 行:鳥取県企画部広報課
〒680-8570 鳥取県鳥取市東町1-220
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