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ぼーる通信


2006.06.22

ぼーる通信 〜Voice From The Dreamfield〜 第208号


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  ぼーる通信 〜Voice From The Dreamfield〜 第208号

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☆ This Week's Contents 【今週のお品書き♪】

《Dream1》 『ベースボール・ビジネス』 B_wind
《Dream2》 『Dreamfieldへの旅』 鰻谷
《Dream3》 『プロ野球事件簿』 アトムフライヤー

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★ お品書きその1 『ベースボール・ビジネス』 B_wind

 ベースボール・ビジネス50 天罰が下った。

 阪神電鉄の46%の株式を握った村上ファンドの村上世彰氏
に対し、阪神の星野SDが「絶対に天罰が下る。断言したる」
と言ったのは5月15日のことであった。このときは、星野さ
んも最後は神頼みかと思ったらなんと、それから4週間後、村
上氏に本当に天罰が下った。さすが、星野SD、その筋には強
い(としかいえない)。
> http://sportsnavi.yahoo.co.jp/baseball/npb/headlines/20060516-00000007-spnavi_ot-spo.html

 6月5日村上氏は、ライブドア(LD)社によるニッポン放
送株の買占め問題でインサイダー取引により巨額の利益を得た
として逮捕された。逮捕直前に行われた村上氏本人の記者会見
では、インサイダー取引の容疑を認めていたが、LD社による
ニッポン放送株の買占めを事前に「聞いちゃった」、あくまで
も受身的であったことを強調していた。

 しかし、逮捕後、報道された話によれば、LD社によるニッ
ポン放送株の買占めは、村上氏からの働きかけによるものであ
り、LDがニッポン放送株を大量取得した時間外取引を指南し
たのは、村上氏本人だという。結局、村上氏は、一緒にニッポ
ン放送株を買占めようとLD社を誘いながら、自らは売り抜け
百億円を超える利益を得た。このため、LD社は単独で買占め
を進めなければならなくなったという。このことが、LD社関
係者の逮捕により明らかになったことが、村上氏の逮捕につな
がったという。

 当時、小さなニッポン放送を買収すれば、巨大なフジテレビ
を支配することができる構図になっていたため、村上ファンド
は早くからニッポン放送株を保有していた。フジサンケイグル
ープでは、創業家であった鹿内家との問題もあり、なかなか、
ニッポン放送株が動かなかったため、村上ファンドのニッポン
放送株は、塩漬け状態にあった。このため、村上氏が、LD社
に働きかけのが、LD社によるニッポン放送株買占め事件の真
相であった。これらについては、堀江氏の逮捕以前から指摘さ
れていたことだが、警察官僚出身者を片腕とする村上氏が逮捕
されるとは思わなかったのが、素直な感想である。

 塩漬けになっていた放送株の買占めをIT会社に働きかけ自
らは売り抜けるという構図は、楽天によるTBS株の買占めと
同じである。TBS株の場合は、楽天との話が決着していない
ため、村上ファンドは、一度は売り抜けしたが、再度、株の取
得を進めていた。このため、村上ファンド関連株としてTBS
の株価が下がり、TBSと楽天の交渉にも影響与えそうな気配
である。

 村上ファンドによる阪神電鉄株の買占め問題については、村
上氏の逮捕により、阪急によるTOBに村上ファンド側が応じ
るようで、阪急・阪神統合で落ちつきそうである。阪急・阪神
の統合効果について、逮捕直前の会見で、村上氏は疑問符を投
げかけていたが、氏が主張していた京阪電鉄との統合は、阪急
による統合話が出る直前にあった話で、京阪との統合は、京阪
側が提示した買取額に村上ファンド側が応じなかったものであ
り、村上氏の主張のとおりであれば、村上ファンド側が、自ら
の利益のため、阪神の企業価値を損ねたことになる。

 従来の手法とは異なり、発行株式の半数近くを握った阪神電
鉄株の場合、経営権の取得にまで及ぶのか言われた村上ファン
ドであったが、村上ファンド側が阪神電鉄側に、示した取締役
候補は、村上ファンド関係者ばかりで、鉄道会社を経営する意
欲は微塵もない。逮捕後の報道を見ても株で金儲けはするけれ
ども、経営には全く興味がなかったことが明らかになっており、
村上ファンドは所詮、安く買い占めた株を高値で買い戻すこと
を迫るグリーンメイラーに過ぎなかったわけである。しかも、
最悪なのは、庶民の楽しみと安全を人質にしたものであったこ
とだ。

 タイガースの上場案は、村上ファンドが経営権を握れば、タ
イガースの運命が村上ファンドに握られることが明白になり、
村上ファンド側の取締役候補に鉄道の専門家がいなかったこと
は、村上ファンドが鉄道の安全管理を軽視している現れであり、
それはJR福知山線の事故を彷彿させるものであった。そして、
天罰が下った。

(B_wind)

 baseball wind プロ野球の論理学
    http://www.geocities.jp/baseball_wind21/

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★ お品書きその2 『Dreamfieldへの旅』 鰻谷

 第20回 「トロントに未練トロトロ」 

 はい、まいど機嫌さん。トロントの鰻谷でございます。さ
てさてこの挨拶、昨年の8月から続けて参りましたがどうやら
今回が最後になってしまいそうです。昨年の5月から「北米の
スポーツ・イベントを現地で生活しながらじっくり体験して
みたい」という理由だけで日本を離れ、最初の一ケ月はテネ
シー州ナッシュヴィルに、そしてその後はここトロントに滞
在しておりました。その間野球やアイスホッケーは言うまで
もなく、日本では決して足を運ばなかったテニスやフットボ
ール、ラクロス、ボクシング、プロレスなどもできる限り生
観戦してきました。またトリノ五輪やワールド・ベースボー
ル・クラシックのような国際大会を日本の外側から、日本人
とは違った視点で見るという希有なチャンスにも恵まれまし
た。そしてアイススケートもロクに滑れないクセにアイスホ
ッケーに挑戦する、という実に無謀な事にも足を突っ込んで
しまい、本当にスポーツの海で溺死状態の一年間でした。こ
の一年の経験で何かを書くにあたり、とりあえず引き出しの
数だけは増えたような気がいたします。

 さて、今現在私は旅行者として再びアメリカへ戻り、いつ
ものようにメジャー/マイナーの球場を巡る旅をしているハ
ズです。 

 今回は今まで行った事のなかった東南部の諸州、ヴァージニ
ア州、ウエスト・ヴァージニア州、ノース・キャロライナ州、
サウス・キャロライナ州をメインにAAAインターナショナル・
リーグ、AAイースタン・リーグ、シングルAキャロライナ・リー
グ、シングルAサウス・アトランティック・リーグのゲームを
観戦する予定です。目玉はケヴィン・コスナー主演の名作ベー
スボール映画「さよならゲーム(原題:Bull Durham)」の舞
台ともなったノース・キャロライナ州デューラムです。現在
デューラムのマイナーリーグ・チーム「デューラム・ブルズ」
はAAAインターナショナル・リーグに所属し、1995年にオープ
ンした10,000人規模の立派な「デューラム・ブルズ・アスレ
ティック・パーク」でプレイしておりますが、映画の撮影当
時は映画での設定通りシングルAキャロライナ・リーグに所属
し、1939年にオープンした正真正銘のボロ球場「デューラム・
アスレティック・パーク」でプレイしておりました。この古
い球場はブルズが去ってからも解体されずにアマチュア野球
のフィールドとして未だに残されております。近年さすがに
老朽化が激しくなり、ついに解体か?と言うトコロまで行っ
たようですが、なんと改装工事を施して残す決定がなされま
した。映画でケヴィン・コスナー演じるベテラン捕手クラッ
シュ・デイヴィスやティム・ロビンズ演じる若手投手ヌーク
らがプレイしていたボロ球場を訪ねるベースボール/映画フ
ァンは結構多いと聞いております。その球場が今後も残され
て行くというニュースはワタシのような球場マニアでなくと
も何か感じさせられるモノがあるのではないでしょうか?

 映画ではデューラムの「デューラム・アスレティック・パー
ク」以外にも実際のマイナーリーグの球場がロケ地に選ばれた
ようで、ノース・キャロライナ州アッシュヴィルの「マコーミ
ック・フィールド」でも撮影されたようです。こちらの球場は
1992年に建て直されていますが、フィールド自体は1924年のオ
ープンから現在に至るまでずっと変わっておりません。今回は
デューラムでもアッシュヴィルでも観戦予定を組んでおります。
好きな映画のロケ地巡りとマイナーリーグ観戦が同時に堪能で
きてしまう素敵な旅になりそうです(こんな事を言いながら去
年はアラバマ州バーミングハムの「リックウッド・フィールド」
で雨天中止を喰らっているので油断はできませんが...)。

 さて、次回からのお話は再び日本からお届けいたします。今
回の旅で訪れた球場の雑感でもまとめて報告しようかと考えて
おります。トロントからのレポートを楽しみにされていた読者
の皆様には非常に申し訳ないのですが、今後ともよろしくお付
き合い下さいませ。トロントを離れる事で一番がっかりしてい
るのは多分ワタシ自身だと思いますが...。ではまた来月の
この時間に。バイバイ。

(鰻谷)

球場巡礼
 http://www.geocities.jp/muguken1975/

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★ お品書きその3 『プロ野球事件簿』 アトムフライヤー

 第5回 藤波行雄選手トレード拒否事件シリーズ 〜その1〜 

 読者のみなさまこんばんは。今回からは、藤波行雄選手のト
レード拒否事件シリーズについて書いてみたいと思います。 

 ちなみにこのトレード拒否事件とは、新人王に輝いた実績も
ある、当時若手の藤波行雄選手が、所属していた中日ドラゴン
ズから、黒い霧事件以降何かとゴタゴタ続きだったクラウンラ
イターへのトレードを通告されるとこれを拒否、強行するなら
引退する、とゴネたため、このトレードがご破算になった、と
いうものです。 

 では、この事件について詳しく見ていきましょう。

 藤波選手は、静岡県出身、左打ちの外野手で、静岡商業−中
央大学を経て、1974年にドラフト1位で中日ドラゴンズに
入団しました。静岡商業では夏の甲子園にて準優勝とベスト8
を経験し、中央大学では当時の通算安打の大学記録をマーク、
そして、入団した1974年には新人王を獲得し、中日ドラゴ
ンズの優勝に貢献しています。同球団の本拠地の近郊出身なの
で、地元の人気も高く、まさに順風満帆の野球人生でした。し
かし、レギュラーを確保することはできず、いまひとつ伸び悩
んでいました。

 そこでドラゴンズは、当時ゴタゴタ続きですっかり弱体化し
ていたクラウンライターに、この藤波選手を交換要員として、
基満男二塁手とのトレードを持ちかけます。伸び悩んでいる藤
波選手を左の外野手の欲しいクラウンにトレードする代わりに、
衰えはじめた高木守道選手の補充要員として、基選手を獲得す
るという考えでした。そしてクラウン側もこれを了承し、他ひ
とりずつ、2対2でトレードは、球団フロントレベルでは成立
しました。1976年のシーズンオフのことです。 

 ところがこのトレードについては、両球団フロントにとって
思わぬ事態が発生します。基選手は了承したものの、藤波選手
は、「私は中日ドラゴンズの選手でありたい、もしも私をクラ
ウンライターに移籍させるなら引退する。」と移籍を拒否した
のです。 

 ちなみに藤波選手の移籍拒否の背景ですが、相手がクラウン
ライターというのが問題でした。クラウンライターは、経営難
の西鉄から球団を買い取った福岡野球株式会社が親会社で、ク
ラウンライターを球団名とする、いわゆる*看板方式を取って
いましたが、経営難で常に倒産が噂されており、ドラフトで指
名されたくない球団のトップだったのです。そして選手間でも、
「クラウンだけには行きたくない。」という声があがっていま
した。

*看板方式 

 いわゆるネーミングライツのこと。球場名やスタジアム名に
企業の名前を被せるのは有名だが、クラウンライターの場合は、
球団の名前に企業名を入れた、という形になっていた。 

 その経営難の状態は、今一部の巨人ファンから「貧乏球団」
と揶揄されているオリックス・バファローズや広島東洋カープ
の比ではありませんでした。なにしろ、“合宿所の食費が払え
ない”、“破れたボールを職員が再生して使用している”とい
った噂話が頻繁に流れ、いつ倒産してもおかしくないと思われ
ていたのです。そして、同球団に所属する選手からも、他の球
団でプレーしたい、という声がしばしばあがっており、藤波選
手が移籍を嫌がったのも無理のないことではあったのです。 

 中日ドラゴンズのフロント側はこの移籍拒否に驚きますが、
当時の常識では、フロントレベルで一度成立したトレード話を
一選手の勝手な都合や主張でご破算にするわけにはいかなかっ
たので、今度は藤波選手に対し、移籍勧告を行いました。しか
し、藤波選手の答は変わりません。 

 一方クラウン側からは、「移籍の成立を急いでほしい。」と
催促が来ます。また、トレード相手である基選手からも、「引
っ越しの都合があるから、移籍するなら早く決めて欲しい。」
とのコメントが出され、それが新聞に掲載されます。そしてセ・
リーグ会長からも、「選手の心情を配慮し、早急に移籍を決め
るように。」と勧告が出されます。そこでドラゴンズのフロン
トは焦りますが、藤波選手の答えは変わりません。 

 するとそのうちに、藤波選手の地元のファンや後援会が騒ぎ
出し、「我々の地元の人気選手をあんなつぶれそうな球団に移
籍させるとはけしからん。」と集団で球団に抗議が来ます。ま
た、そのほかのドラゴンズファンからも、街頭にて「藤波選手
をクラウンに移籍させないで。」という署名運動が行われるよ
うになり、抗議電話が中日球団の事務所にかかってくるように
なりました。 

 この抗議の背景には、当時のドラゴンズが与那嶺監督になっ
てから、チームの活性化という名目で次々と生え抜き選手をト
レードに出しているということがありました。しかも、与那嶺
監督が画策したトレードのほとんどが成功したとは言い難く、
結果として、地元の人気選手を失う一方でチームの成績があが
らなかったため、ファンの目から見ると、与那嶺監督が気に入
らない選手を追い出しているようにしか見えなかったのです。
そして、ドラゴンズのフロントがこの騒ぎを収拾しようとすれ
ばするほど、騒ぎはどんどん大きくなっていったのです。 

 次回は、藤波選手側の事情から、話を進めていきます。

(アトムフライヤー)

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 ぼーる通信 〜Voice From The Dreamfield〜は、大リーグに
こだわった、掲示板がとても楽しくて活発なサイト、牛親方のMLB
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(c)2002 ぼーる通信 
〜Voice From The Dreamfield〜 編集部

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