2008.04.28
◎日蓮大聖人の御書を拝して◎ 報恩抄 その153
日蓮大聖人の御書を拝して 第1125号 平成20年4月29日発行
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【 今日の御聖訓 】 報恩抄 その153
建治二年(1276年)七月二十一日 聖寿五十五歳御著作
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去ぬる文永八年辛未九月十二日の夜は相模の国たつの口にて切らるべかりしが、い
かにしてやありけん、其の夜はのびて依智というところへつきぬ。
又十三日の夜はゆりたりとどどめきしが、又いかにやありけん、さどの国までゆく。
今日切る、あす切る、といゐしほどに四箇年というに、結句は去ぬる文永十一年太
歳甲戌二月の十四日にゆりて、同じき三月二十六日に鎌倉へ入り、同じき四月の八日、
平左衛門尉に見参してやうやうの事申したりし中に、今年は蒙古は一定よすべしと申
しぬ。
(新編御書1030ページ、御書全集322〜323ページ)
◇◆◇◆◇◆
■現代語訳
去る文永八年〈辛未〉九月十二日の夜は、相模の国・龍口の地において、首を斬ら
れるはずでした。
ところが、どうしたことでしょうか。
その夜は生き延びて、依智(現在の神奈川県厚木市依知)という所へ移送されました。
また、文永八年九月十三日の夜には、「日蓮が赦免されるだろう。」と、多くの者
が騒いでいました。
ところが、どうしたことでしょうか。
佐渡の国まで流されることになりました。
佐渡の国においては、「今日、日蓮の首を斬るだろう。」「明日、日蓮の首を斬る
だろう。」と云われている間に、四年の歳月が経過しました。
結局、文永十一年〈太歳甲戌〉二月十四日に赦免されて、文永十一年三月二十六日
に鎌倉へ入りました。
そして、文永十一年四月八日には、平左衛門尉に見参(面会)して、様々な事を申
しつけました。(注、日蓮大聖人の三度目の国家諫暁)
その際に、私(日蓮大聖人)は、「今年中に、必ず、蒙古が押し寄せて来るであろ
う。」と、平左衛門尉に申しておきました。
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