2008.05.05
◎日蓮大聖人の御書を拝して◎ 報恩抄 その157
日蓮大聖人の御書を拝して 第1129号 平成20年5月5日発行
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【 今日の御聖訓 】 報恩抄 その157
建治二年(1276年)七月二十一日 聖寿五十五歳御著作
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但一つの冥加には、景信と円智・実城とがさきにゆきしこそ、一つのたすかりとは
をもへども、彼等は法華経の十羅刹のせめをかほりてはやく失せぬ。後にすこし信ぜ
られてありしは、いさかひの後のちぎりきなり、ひるのともしびなにかせん。
其の上いかなる事あれども、子・弟子なんどいう者は不便なる者ぞかし。力なき人
にもあらざりしが、さどの国までゆきしに一度もとぶらわれざりし事は、法華経を信
じたるにはあらぬぞかし。
(新編御書1030〜1031ページ、御書全集323〜324ページ)
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■現代語訳
ただ一つの救いは、東条景信と円智・実城が先に死亡したことです。
それによって、道善房は、何らかの救済になったと思われます。
けれども、彼等(東条景信・円智・実城)は、法華経の十羅刹女の責めを被って、
早々に亡くなったのであります。
後に、道善坊は、少しだけ、法華経を信じるようになりました。
しかし、それは、喧嘩をした後の乳切木(護身用の棒)のようなものです。また、
昼の灯火のようなものです。
それらは、時機を逸してしまえば、何の役にも立ちません。
その上、如何なる事があったとしても、子や弟子等に対しては、不便に思うもので
あります。
力のない人ではなかったにも関わらず、佐渡国まで流されていた私(日蓮大聖人)
の許を一度も訪れなかった事は、道善房が法華経を信じていなかった証しになるでし
ょう。
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