まぐまぐメルマガアーカイブ

日蓮大聖人の御書を拝して


2008.05.06

◎日蓮大聖人の御書を拝して◎ 報恩抄 その158


メルマガトップ(記事一覧)へ
| 最新号 |

   日蓮大聖人の御書を拝して 第1130号 平成20年5月6日発行


☆★☆−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−☆★☆

    【 今日の御聖訓 】 報恩抄 その158
       建治二年(1276年)七月二十一日 聖寿五十五歳御著作

☆★☆−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−☆★☆
  
   
 それにつけてもあさましければ、彼の人の御死去ときくには、火にも入り、水にも
沈み、はしりたちてもゆひて、御はかをもたたいて経をも一巻読誦せんとこそをもへ
ども、賢人のならひ、心には遁世とはをもはねども、人は遁世とこそをもうらんに、
ゆへもなくはしり出づるならば、末もとをらずと人をもうべし。
 さればいかにをもうとも、まいるべきにあらず。 

 (新編御書1031ページ、御書全集324ページ)
      
                       ◇◆◇◆◇◆
                                                 
■現代語訳
   
  それにしても、嘆かわしいことでありますので、彼の人(道善房)の御死去の報せ
を聞いた際には、仮に、火の中に入ったとしても、水の中に沈んだとしても、道中を
走り続けたとしても、清澄寺へ行きたかったのです。

 「御墓を叩いて、法華経を一巻読誦しよう。」と、私(日蓮大聖人)は、強く思い
ました。

 けれども、賢人の習いとして、自分(日蓮大聖人)の心の中では、遁世(隠遁の身)
と思っていなくても、世間の人は、私(日蓮大聖人)のことを、遁世(隠遁の身)と
認識しているでしょうから、見境もなく走り出したならば、「最後まで、意志を通す
ことの出来ない人だ。」と、思うに違いありません。
 
 ならば、如何に、私(日蓮大聖人)が道善房のことを思っていたとしても、参上す
るべきではありません。




 
----------------------------------------------------------------------
このメールマガジンは、『まぐまぐ』 http://www.mag2.com/ を用いて
発行しています。
登録と解除は http://www.mag2.com/m/0000101785.htm から出来ます。
これまでに配信させて頂いた御書の原文と訳文のWebサイトは、 
http://homepage2.nifty.com/gosyo/mokuji.htm に掲載しています。
----------------------------------------------------------------------





☆ :*:・'゜☆。 .:*:・'゜★゜'・ :*:.:.。.:*:・'゜☆

   発行者 BQZ00230@nifty.com

★ :*:・'゜☆。 .:*:・'゜☆゜'・ :*:.:.。.:*:・'゜★


メルマガトップ(記事一覧)へ
| 最新号 |

このページのURL
友達にメールで教える
まぐまぐアーカイブ検索

Web Services by Yahoo! JAPAN

アート・文芸ランキングトップ
まぐまぐアーカイブトップ
sお問い合わせ
(C)まぐまぐ