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日蓮大聖人の御書を拝して


2008.05.12

◎日蓮大聖人の御書を拝して◎ 報恩抄 その164


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   日蓮大聖人の御書を拝して 第1136号 平成20年5月12日発行


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    【 今日の御聖訓 】 報恩抄 その164
       建治二年(1276年)七月二十一日 聖寿五十五歳御著作

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 されば愚者は必ず法華経を信ずべし。各々経々の題目は易き事同じといへども、愚
者と智者との唱ふる功徳は天地雲泥なり。
 譬へば大綱は大力も切りがたし。小力なれども小刀をもてばたやすくこれをきる。
譬へば堅石をば鈍刀をもてば大力も破りがたし。利剣をもてば小力も破りぬべし。譬
へば薬はしらねども服すれば病やみぬ。食は服せども病やまず。譬へば仙薬は命をの
べ、凡薬は病をいやせども命をのべず。 

 (新編御書1032ページ、御書全集324〜325ページ)
      
                       ◇◆◇◆◇◆
                                                 
■現代語訳
   
 ならば、愚者(機根の乏しい末法の衆生)は、必ず、法華経を信ずるべきでありま
す。
 各々の経典の題目を唱えること自体は、易しい行為です。それは、何れの経典の題
目を唱える場合でも、同じです。
 けれども、愚者と智者が題目を唱える功徳には、天地雲泥の差があります。

 (注、上記は、「たとえ、愚者であったとしても、法華経の題目を唱える者の功徳
は勝れている。しかし、智者であったとしても、爾前経の題目を唱える者の功徳は劣
っている。」という意味。)

 それを譬えると、大きな綱は、大きな力を持っている者であっても、切り難いので
す。
 しかし、小さな力しか持っていなくても、小刀を持っていれば、容易に、大きな綱
を切ることが出来ます。

 同様に、堅い石を、鈍刀で切ろうとすると、大きな力を持っている者であっても、
割り難いのです。
 しかし、利剣を持っていれば、小さな力しか持っていなくでも、割ることが出来ます。
 
 更に譬えると、たとえ、成分を知らなくても、薬を服すれば、病は治癒します。
 しかし、単なる食物を服しただけでは、病が治癒しません。

 また、仙薬(不老不死の薬)を飲めば、寿命を延ばすことが出来ます。
 けれども、凡薬(凡庸な効能の薬)を飲んだだけでは、病を癒せたとしても、寿命
を延ばすことが出来ません。

   
 

 
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