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ダメダメ家庭の目次録


2008.08.31

メールマガジン「ダメダメ家庭の目次録」


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★	メールマガジン:ダメダメ家庭の目次録
 
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 ダ メ ダ メ 家 庭 の 目 次 録 
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 法律上は別に問題がないが、結果的に子供の方が法律違反に陥る
 ダメダメ家庭の実態について、その具体的な会話や行動を
 リストアップいたします。
 長崎や大阪や千葉など日本全国で「活躍」しているダメダメ家庭の
 OBやOGはどのような環境で育ったのか?
 皆様にも、御理解いただけると思います。 
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★	カテゴリー:作品に描かれたダメダメ家庭
★	 取り上げた作品:『自由からの逃走』(1941年刊行)
★	      作者:エーリッヒ・フロム
★	      タイトル:残された課題


さて、今週はシリーズ的に、エーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」を取り上
げております。
最初に書きましたが、この「自由からの逃走」は1941年の刊行で、ナチのような
集団を「受け入れてしまった」人々の心理を研究した本です。

「研究した本」と言っても、一般の人にも読める内容だと思います。まあ、この
メールマガジンの記述が50%くらい理解できている人・・・もし、いればですが・・・
だったら楽勝でしょう。

フロムがまさに問題にしていたのは、ナチのような強圧的な集団を受け入れてし
まった人々を特徴つける抑圧的な心理であって、その心理は、宗教改革を受け入
れた民衆の心理とも共通している。
その時代によって、その心理なり感情が大きく盛り上がったり、比較的下火にな
ったりすることはあっても、自己逃避の人間の心理には一般性があるわけ。だか
ら、暴力オトコを受け入れるドメスティック・ヴァイオレンスの心理ともつなが
ることになる。

さて、なにしろこの「自由からの逃走」が書かれた1941年は第2次大戦の真っ最
中なので、ナチの問題が、フロムにのしかかることになる。

このフロムの著作では、ナチが樹立した抑圧的な社会と、それによって支配され
る個人の間の対立の問題が、大きく取り上げられております。
いわば、「大きな組織vs力のない個人」という対立軸が中心として記述されてい
るわけ。
このようなことは、時代背景を記述する際においても、同じ捉え方です。
「大きな時代の流れvs力のない個人」という対立軸が貫かれている。

実際に、ナチのような巨大な力に対して、個人ができることには限界がある。
あるいは、時代が大きく動くようになったら、個人としても対処のしようがない。
この点は、現実においても、そのとおり。

しかし、個人ができることは確かに小さいことであっても、あるいは個人として
社会を改革することには限界があっても、逆に言うと、一個人を救うことくらい
はできるのでは?
あるいは、家族のような小集団を救い出すことは可能なのでは?

フロムの「自由からの逃走」においては、「大きな力vs小さな個人」という対立
軸が強調されているので、その中間にあるはずの「中くらいの小組織」の役割に
ついての考察が十分ではないわけ。

もちろん、フロムは第2次大戦の惨禍を眼前にして、それについての的確な視点
を、できるかぎり素早く提供する必要がある・・・そんな使命感があったわけで
しょう。
惨禍を前にすると、論理の完璧性よりも、提供するスピードの方が重要である。
とにもかくにも、役に立つ視点を、人々に提示する必要がある・・・フロムが著
作の中で実際に書いているそんな考えは、この私とまったく共通しておりますよ。

私としては、私の眼前に存在するダメダメ家庭の惨禍を理解し、解決のために示
唆となる視点を提供しているつもりです。そしてその視点が、フロムの視点と実
に共通しているわけ。

フロムが見ているものは、私と共通している面が多いわけですが、フロムがやっ
ている「大きな力vs小さな個人」の対立軸にこだわると、理解することはできて
も、現実的な判断や行動につながらないわけ。

それこそ、自己逃避で、権威主義的な人がご近所にいたらどうするのか?

そのような問題は、現実に発生しますし、その程度の事例だったら、当人として
も対処が可能でしょ?
国全体が、権威主義的な国家体制になってしまうと、個人としては如何ともしが
たい。しかし、たとえば、ご近所さんが、そんなパターンの人物だと、色々な選
択肢が可能でしょ?
そのご近所さんに穏やかに忠告するなり、その場から引っ越すなり、その人とバ
トルをするなり・・・

個人は国家とか時代の流れのような大きなものを相手にすると、無力になってし
まう。逆に言うと、その無力感が心地いい状態であるマゾヒズムに陥ってしまい
やすい。
しかし、小集団を上手に運営することくらいは、本来なら誰でも可能ですよ。ま
さに自分自身の「○○をする自由」と向き合うことができるわけ。だから多くの
判断が必要になるし、可能になる。
そんな小集団を「束ねる」ことによって、大きな組織を作ることもできるでしょ
うし、時代の流れを作ることもできるのでは?

フロムは、観察は鋭いものがあっても、個人の行動につながる視点が欠けている
わけ。
ヒトラーも、ルターも、逆に言えば、そんな行動につながる能力があったといえ
るでしょう。
だから大きな運動にすることができたわけ。

家庭は、まさに小規模集団であって、その時の国家体制や時代による困難はあっ
ても、現実的には多くの選択肢があるもの。「自分はどうしたいのか?」それを自
覚し、それを会話によって「自分たちはどうしたいのか?」に纏め上げ、そして
運営する・・・
小から中へ、そして中から大へ。
そんな流れが可能のはず。

今回の「自由からの逃走」の最後において、フロムは、計画経済によって、この
ような状況を打破する・・・なんてことを書いております。もちろん、1941年だ
ったら、まだ計画経済に対しても希望があった頃でしょう。だから国家に希望を
託したわけでしょう。しかし、フロムが一貫して「大きな力vs小さな個人」の対
立軸の構図から抜け出ていない・・・それは確かでしょうね。

フロムが自身の考えをどのように発展させていったのかは?このメールマガジン
のマターではないので、ご興味のある方は、社会心理学の本であたってください
な。

私としては、「個人が濃密な関わりを持つことができる小集団」・・・それを的確
に運営していくことに目を向ければ、フロムの問題意識も、より現実に適応した
ものになると思う次第です。

「大きな集団→中くらいの集団→力のない個人」と命令系統はそうなっているわ
けですが。この命令の流れの場合は、中間にある「中くらいの集団」を省略して
「大きな集団→力のない個人」という流れでもいい。
しかし、個人の要望を実現させるための流れは、「力のない個人→中くらいの集団
→大きな集団」となり、その場合の「中くらいの集団」は省略して「力のない個
人→大きな集団」とすると、個人の意向が実現されない。個人が、いきなり大規
模集団に要望を出してもムダですよ。

個人の希望を実現させるためには、「力のない個人→中くらいの集団」の流れを、
よりスムーズにする必要があるわけ。
それがスムーズに流れるようになったら、個人の意向が抹殺される社会にはなら
ないでしょうし、もちろんのこと、ダメダメ家庭の発生を抑えることができるで
しょう。

この中くらいの規模の小集団を考慮に入れず、いきなり大規模集団に目を向ける
と、以前にも言及いたしましたが、「自分だけが幸福になっていいのか?」なんて
美辞麗句を並べる人の言葉が通ってしまう。しかし、自分の目で実際に見ること
ができない遠くの状況を「いきなり」考慮しても、それが結局は自己逃避となる
だけ。
逆に言うと、自分の行動を考えたくない抑圧的な人間は、その視点を、いきなり
「大きな集団」の「あり方」に向けようとするわけ。

個人の希望を抑圧する心理的なメカニズムは、フロムの著作で実にわかりやすく
表現されているわけですが、そこから開放されるためのメカニズムは、たぶん、
私のメールマガジンの方が参考になるのでは?
まあ、フロムがそのような小規模集団に対する考察を心理的に回避していた・・・
それも、なんとなく見て取れるわけ。
もちろん、フロムも私も、持っている危機意識は共通しているんですよ。

そして、その危機的状況が、時代によって増減することはあっても、人間の本質
に由来したものであるので、どんな時代でも発生することになる。

マゾヒズムやサディズムを取り上げましたが、いずれも、「孤独に耐えられない」
個人の心の弱さから来ていました。
孤独は楽しいものではない。
かと言って、「で、自分は結局は何がしたいのか?」その答えを自分で出すために
は、孤独も必要になってくる。

一般の人は、孤独と疎外感の区別がついていない。
以前にこのメールマガジンで「疎外感の共有」という文章を配信しております。
「オレは人に理解されていない!」と疎外感を持つもの同士が、集まり群れるこ
とになってしまう。「人に理解されていないもの同士」という自己認識なんだから、
つるんでいる仲間が自立し、周囲に受け入れられては困ってしまう。だからそん
な状態からの脱却を妨害することになる。だから「疎外感の共有」という状態か
らは、自立なり創造性が出てこない。
自立していないものが群れた状態は、たとえ、「入れ込み」「入れ込まれ」の修羅
場になることはなくても、「人に合わせて」「自動人形」になったもの同士がベタ
ぁーと群れるだけ。そして自分の価値を他者に求め続けることになってしまう。

あるいは、一般の人は、「抑圧」というものを誤解している。
抑圧というものは、「自分がしたいことができないこと」ではなくて、「自分がし
たいことについて考えることができないこと」・・・それが抑圧であるわけ。

「自分は何がしたいのか?」そんなことを独りで考えない限り、本当の自立はな
いわけですし、逆にいうと、自立した自我が結びつく関係にはならないわけ。

方法論的には私とフロムの間には違いはありますが、その解決の第一段階として、
「自分が何をしたいのか?」そのことについて、自分ひとりで考えてみなよ!
フロムとしても、そのようなことを言いたいわけなんでしょう。その点は私とま
ったく同じですよ。

そんなことは、本来なら、難しいことではないわけですが、その困難さを自覚す
る・・・そのことも、このご時勢では必要になるわけです。「○○をする自由」を
考える前に存在するように見える、「○○からの自由」にとらわれないように注意
する。
いつの時代にも、解決は自分の心の中にしかないわけ。
そして自分の価値は自分で作っていくしかないわけ。そして人間には、本来は、
その可能性もあるものなんですよ。

(終了)
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発信後記

今週は、7回続けて、毎日、この「自由からの逃走」についての文章を配信いたし
ました。
このメールマガジンの、現時点での総集編としては、ちょうどいいと考え、そう
しました。
ただ、内容的にチョット難しいところがあったと思っております。

ちなみに、そのうち、この「自由からの逃走」に関連したお題を、番外編として、
もうひとつ取り上げる予定です。

来週の月曜日(9月1日)からは、また通常どおりの配信スケジュールです。


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