2006.07.10
白保メール No.82 石垣島白保での海と人との新たな関係―垣の復元事業―
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//転載歓迎//
<石垣島白保での海と人との新たな関係 ―垣の復元事業― >
白保魚湧く海保全協議会事務局長 上村 真仁
白保メールNo.79、80では、白保魚湧く海保全協議会の小林前副会長から昨年7月
に白保の人々によって設立された白保魚湧く海保全協議会についての紹介がありまし
た。今回は、協議会が設立以来取り組んできた伝統的な漁具“垣(カチ)”の復元に
ついて白保魚湧く海保全協議会事務局長の上村真仁がご紹介します。
1.白保サンゴ礁沿岸に見られた伝統的な定置漁具
2004年3月『白保今昔展』の聞き取りのなかで1980年代後半に白保で活動していた
“魚垣の会”のことを知りました。そこで早速、“魚垣の会”の会長である島村修先
生を訪ね、会の活動やサンゴ礁と白保集落の関わりについてお話を伺いました。
“魚垣の会”とは石垣島白保出身の教員の方々が中心となった組織で、聞き取り調
査や自然観察などを通じて白保の自然環境や生活文化の価値を再発見し、保全活動に
つなげていくことを目的としたものです。同会ではトヨタ財団の助成を受け、白保の
サンゴ礁と人々との関わりの他、白保周辺の文化財や生物の調査などを行いました。
日本野鳥の会八重山支部長や日本自然保護協会の参与などを歴任された島村先生は波
照間島の出身ですが、波照間と関わりの深い白保の自然や文化を守るためにこの活動
に参加されたそうです。
その際に教えていただいたものが、会の名称にもなっている“魚垣”のことです。
“魚垣”は浜にサンゴなどの石を用いて半円形や馬蹄形に石垣を積んで利用した定置
漁具で、満ち潮にのって岸辺の浅瀬に回ってきた魚が、引き潮のときに石垣にはばま
れて沖に戻ることができず潮だまりに身を寄せているところを網や手づかみで捕ると
いう原始的なものです。白保では“垣(カチ)”と呼んでいたようですが、会の名称
とする際に一般にわかりやすいように“魚垣(ウオガキ)”としました。
「宝の海」、「命継ぎの海」を次世代に継承したいとの思いから、当時、サンゴ礁
の海を守るための活動をしてきた白保公民館や、白保ハーリー組合は白保の垣の復元
を計画しました。白保のサンゴ礁保全のシンボルとして垣がふさわしいと考えたから
です。しかし、空港問題の変遷の中で、復元計画は頓挫しました。
*『白保今昔展』とは、しらほサンゴ村が2002年より取り組む、白保に伝わる海とと
もに生きてきた伝統的な生活文化を地域の古老への聞き取りを通じて掘り起こし、次
世代に継承していこうという活動。
2.白保の垣について
白保で“垣(カチ)”と呼ばれるこの漁具は、瀬戸内海や周防灘、有明海沿岸など
でも利用されており、沖縄県下では伊良部島や小浜島のものがいずれも自治体の文化
財に指定されています。海外では、太平洋や東南アジアの島々、オーストラリアやア
フリカ、北米、ヨーロッパにも類似のものがあります。しかし、いずれの地域でも漁
具や漁法の発達、流通の変化など近代化の過程で、利用されなくなりその多くが姿を
消していきました。
ここ白保でもかつては16基あったといわれていますが、戦後、他の島から自由移民
として移り住んだ人々が専業の海人がとなったこともあり、徐々に利用されなくなり
ました。その後、台風で壊されたり、市街地の埋め立てのために運び出されるなど、
往時の姿は失われ、わずかに70歳代以上の人たちの記憶に残るだけでした。
垣は農民が利用したもので、畑の近くの海岸に一族で石垣を築き潮時にあわせて畑
仕事の手を休め海に下り魚を捕ったものです。まさに、半農半漁の生活の歴史を伝え
る貴重な文化財と呼べるものです。また、垣を利用していた皆さんが楽しい思い出と
して垣での漁について語ってくれたことがとても印象的でした。
泳ぎや船の操船など高度な技術を必要とせず、潮時に行けば必ず獲物が捕れた垣。
楽しみながら生活の糧を得ることができ、人々が身近に海を利用できる仕組みとして
上手く機能していた漁でした。豊かな海であったからこそ成り立った漁ではあります
が、こうした漁法が身近にあったからこそ白保の人々は農家であってもこの海の恩恵
を受けることができ、この海を大切にしてきたと言います。
3.何故、白保の垣を復元するのか
24時間営業のスーパーの出店や全国から運び込まれる生鮮食料品の増加、自然の恵
みを直接感じることの少なくなった島の暮らしの変化は人々の海への関心を薄れさせ
ています。そこに追い討ちをかける赤土の流出などによる環境の悪化。「魚が減った」、
「海が汚れている」という言葉に、目の前の海に行って確かめることもせずに「もう
海はダメだ」とあきらめている人たち。
ここ白保でも「海のことは海人がやればよい」、「僕は農家だから海は知らない」
という人々も見られます。かつて、「海の畑」、「海は冷蔵庫」と呼び日々の暮らし
の糧を得た白保の人たちの海との強い絆は何処へ行ってしまったのでしょうか。
地元の方々にサンゴ礁保全へ取り組んでいただくためには、まず、海への関心を高
めるために海と関わる場所を作る必要があります。白保の人々が先祖代々受け継ぎ利
用してきた海の文化財ともいえる垣を復元することは、白保の人々の海への関心を高
める最良の方法だといえます。復元された垣の維持・管理を通して海と身近に付き合
う場ができ、海の環境やそこに棲む生き物への関心も高まっていくことが期待される
からです。では、いったい誰がこの垣を復元するのでしょうか?白保の人たちが自ら
石を運び、垣を築かなければ復元を行う意味がありません。
白保のサンゴ礁環境の保全と持続的な利用による地域の振興を目指して2005年7月
に設立された“白保魚湧く海保全協議会”。その第1回の理事会において検討された
事業計画の中に、白保での垣の復元が満場一致で盛り込まれました。海の体験学習の
場として子どもたちにかつての海の文化を伝えたいという協議会のメンバーの思いが
一つになりました。
4.白保の垣復元事業のスタート
2004年3月魚垣の会の島村会長への聞き取りから協議会での復元が決まるまでに約
1年半かかりました。しかし、それだけでは垣の復元はできません。沿岸部での工作
物の設置には、沖縄県知事の許可が必要となります。また、漁業資源の管理や環境保
全、船舶の航行上の安全など様々な観点から石垣市、八重山漁協、海上保安部、環境
省などの関連機関との調整が必要となります。協議会では、許認可の取得に向けて関
係機関との度重なる協議を粘り強く続けました。また、垣の設置方法や垣による環境
改変などの影響予測やモニタリング方法などについて白保をフィールドとされる研究
者の方々から助言や指導、協力をいただきました。
2006年2月11日、本格的な復元に向けた準備が始まって約半年、沖縄県知事からの
復元に対する許可が出る見通しとなったことを受け白保公民館において垣復元の結団
式を開催しました。
結団式には、公民館長、白保小学校、白保中学校関係者など24名が出席。八重山文
化研究会の石垣繁会長からは「200年、300年先に貴重な文化財となることを目指して
取り組んで欲しい」と激励を受けました。1980年代の復元計画に地元漁業者の代表と
して関っていた内原克さん(白保魚湧く海保全協議会顧問:81歳)も感激に目を潤ま
せておられました。
この結団式により白保の竿原(ソーバリ)地区での垣の復元が正式にスタートしま
した。
5.こどもたちへこの文化を如何に伝えていくか
白保魚湧く海保全協議会が白保の垣を復元する目的は、次世代を担う白保のこども
たちに海に親しみ、海とともに生きてきた先人の知恵(海とともに生きる文化)を受
け継いでもらうことです。そのためにこどもたちにどういった体験活動をしてもらえ
ばよいかが一つの課題となっていました。
しかし、答えは意外にも身近にありました。垣の復元について模索をはじめた当初
から強い関心を持って様々な場面でご協力いただいた白保中学校鈴木光次郎教諭の総
合学習の時間への取り組みがそうです。
白保中学校の総合的な学習の時間は、生徒が自然コース、郷土芸能コース、地域探
検コースの3つの中から希望のものを選び、自分自身でテーマを決めて学習を行うこ
ととなっています。2005年は、自然コースの生徒6名が垣をテーマとして1年間を通
した学習をしてきました。海の学習をサンゴや魚などの生物についてだけではなく、
人々の暮らしとの関りについて学ぶことが重要だと考えた鈴木先生の想いが形となっ
た結果でした。
総合学習の締めくくりとして実際の垣の石積みを体験したい。こどもたちの希望に
こたえるために2006年3月4日に石積み体験が行われました。この体験学習には、白
保中学校生徒10名、先生4名、白保小学校児童12名、先生4名、協議会会員や小中学
校のPTAなど39名が集まりました。
午後1時30分より山城常和白保魚湧く海保全協議会会長の挨拶で起工式、石積み体
験がスタート。魚垣の会の島村会長も駆けつけてくださり、約20年前の思いが形にな
ることを喜んでいただきました。その後、協議会の内原克顧問を中心に参加者全員で
復元工事の安全を祈願しました。
まず、垣の大きさを体感するために2グループに分かれ垣を復元する位置の両端か
らロープを持って、石を積む場所を皆で囲みました。石垣の延長は約400mです。ま
た、浜から沖への最遠部は約90mとなりました。面積は2ha弱です。続いて、石工の
大泊一夫さんの指導により、てこを利用して大きな石を動かす方法を子どもたちが体
験し、昔の石積みの際に用いたオーダ(モッコ)を利用して石を運ぶ体験なども行い
ました。
小学生から80歳代のおじぃまで皆で力を合わせて約20mほどの石垣が積みあがりま
した。参加したこどもたちは垣の大きさや機械の無い時代に一つずつ石を運び、垣を
築いた先人の努力に感銘を受けていました。
当初、復元した後にこどもたちに漁体験をさせれば良いという考えもありましたが、
石運びや石積みといった復元作業そのものに参加することが意味があるということを
強く実感した体験学習会でした。
6.おじぃの技と想いが石積みを完成
2006年4月5日に県知事からの許可が出ました。そこで、15日に大規模な体験学習
会を開催しました。白保中学生44名、先生6名、白保小学校高学年14名、先生2名、
地域の方々20名の総勢88名が集まりました。浜の石をリヤカーに積み、水のあるとこ
ろまで運び、そこから先はカヌーに載せて復元場所まで引っ張っていくという作業。
子どもたちは寒さも忘れて、精一杯取り組みました。北風が強く、かなり寒い天気で
したが、誰一人弱音を吐かず、未来の文化遺産を目指して石を運びました。
こうしたこどもたちの体験学習も重要ですが、垣を完成させるためには専門的な技
術者の参加・協力が不可欠です。台風のうねりが直撃する白保の東海岸は、湾内に垣
を築いた他の地域よりも石積みに工夫が必要です。そこで結成されたのが石工の大泊
一夫さんを棟梁とする石積み部隊です。
若い頃に垣の中でイザリ(夜の干潮時に松明をもって魚やタコを捕ったという漁)
をし、海でのおかず捕りの経験の豊富なおじぃたち。もちろん、石積みの作業もお手
の物です。海の知識もあり、石積みの経験もある人と言うことで、8名のおじぃが棟
梁のもとに集まりました。
4月25日朝8時。この日は、大潮の干潮時にあわせて、75歳2名、67歳1名、65歳
2名を含む6名のおじぃが集まりました。作業内容は、子どもたちが運んだ石を波に
負けないようにしっかりと組みなおすというものです。200kgから500kgぐらいの石は、
ティンガラと呼ばれる鉄の棒やバールで簡単に転がします。大きな石を両脇に並べて
いきその間に小さな石を詰めていきます。最初はぐらぐらしていた大きな石もおじぃ
の手にかかれば座りの良い場所に収まります。おじぃたちの連携プレーで見る見る石
垣がきれいでしっかりとした形に組まれていきました。その後も、石積みのおじぃた
ちの作業が何日も続きました。
7.人々と海との新しい関係のスタート
“飢饉の時も戦争のときもこの海に助けられ生きて来た”島の人々は、イノーと呼
ばれる浅く穏やかな海を巧みに利用して命をつないできました。網や船の無い時代、
海辺に打ち寄せられて転がっているサンゴを利用し石垣を築き、潮の干満と魚の回遊
する習性を巧みに利用した定置漁具を作りました。
しかし、垣が姿を消して30数年、石垣島は急速に変化しています。時代の流れは、
人々と海とのつながりを希薄にしてきたのかもしれません。
サンゴ礁の保全のためには人々の海への関心を高めたい。海とともに生きて来た先
人の文化に誇りを感じ、また、現在を生きる人々にも海への愛着を感じてもらいたい。
そうした考えから始まった、垣の復元事業。地域の人々が海と常に接する場所を持ち、
海の状態を自分達で把握することができることは、持続的なサンゴ礁の保全を進める
上でとても重要なことです。
この事業には、白保村のこどもからおじぃまで本当にたくさんの方々が参加してく
ださいました。石積みの棟梁として中心的に参加した大泊一夫さんは、“垣を実際に
見て、使ったことのある私たちの責任として、次の世代に受け継ぐために復元作業に
参加した。自分達の財産だということを若い者が自覚して、受け継いでいって欲しい”
とおっしゃっていました。
6月末に白保の垣が完成しました。この垣を将来に渡り白保の人々自らが維持・管
理していくことが課題となります。7月15日『ふるさとの海交流会』に参加する白保
の小中学生と佐賀県鹿島市から来る小中学生の垣体験漁が白保竿原の垣の柿(こけら)
落としとなります。
※『ふるさとの海交流会』:2006年からWWFジャパン主催で始まった小中学生を対象
とした交流事業。有明海の干潟(佐賀県鹿島市)とサンゴ礁(沖縄県石垣市白保)の
こどもたちが相互に行き来をし多様な海に触れるとともにふるさとの海を再発見する
企画。
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♪ 『白保メール』ホームページ
http://www1.ocn.ne.jp/~shiraho/
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配信中止は、http://www.mag2.com/m/0000141189.htm でお願いします。
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白保メール NO.82 06.7.10
発行者 鷲尾雅久 谷崎樹生 小林 孝
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