2008.02.19
ちょいと箸休め 第132号 10年間の散歩
■□■ ちょいと箸休め ■□■
2008年 2月 19日 第132回 10年間の散歩 By晶実
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西武新宿線沿線に、ご夫婦だけでやっている小さな美容院がある。
美容院の前には、美容師のおじさんが愛情をそそぐデカいバイクが
置いてある。
その美容院に初めて行ったのは中学生の頃。
髪を濡らさずブラシを通して整えただけで切り始める。
切っている最中は一言も喋らず黙々と髪を切る美容師のおじさん。
鏡に映る私の顔を見ながら髪を切っていく。
流行よりも、その人に似合うか似合わないかが大事という考えの
持ち主。
脱色した髪が大嫌いらしく、
『髪をイジメるなっ!大切にしなさいっ!』
と、超激怒され口論になった。
結婚して引っ越した当時、ちょうど近くに新しい美容院が開店した。
キレイな店、若い皆さん、切っている最中も明るく楽しく愛想良く
トーク。
髪は濡らして切る。
腕前は美容師のおじさんより下だが歴が違うから仕方がない。
香り良いシャンプーとトリートメント。
更に頭と首筋と肩のマッサージ。
終わると上着を着せてくれ、荷物も『どうぞ!』と渡され、店の外まで
『ありがとうございました。また、よろしくお願いします。』
と深々と頭を下げお見送り。
雨の日には傘まで開いて渡してくれて、本当に至れり尽くせりだ。
その後、母がリウマチを発症し、旦那が鍼灸指圧の専門学校に行き
後に独立開業。
息子を産んだり、病で入院したりと、私にとって激動の10年が流れた。
その間も自宅近くの美容院に行った。
腕前が下なのは仕方がないが、楽しいトークと至れり尽くせりの接客。
私の担当になった若い男性美容師さんは、お愛想ではなく本音トークを
してくれた。
仕事に対する真っ直ぐな考え方、姿勢、大好きだ。
だが、今回もだ。
なぜ迷うのだろう。
切る時期が近付くと必ず迷う。
10年間その存在が消える事はなかった。
電車に乗った。
変わらず置かれた愛情をそそぐデカいバイク。
変わったのは私が31歳、美容師のおじさんが70歳代になったこと。
頭と首筋と肩のマッサージも、香り良いシャンプーとトリートメントも無いが
不満に思わない。
それだけで勝負できる確かな腕前があるからだろう。
鏡に映る私の顔を見て切りながら、美容師のおじさんが珍しく口を開いた。
「長い散歩だったね。」
「…はい。」
戻って来る事を知っていたかのようで、驚いた…。
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