2008.08.17
目からウロコの仏教入門 ── 理想を明確にせよ(3) ──
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□□□ 目からウロコの仏教入門 □□
□□ 〜ひとりで学ぶ歴史と思想〜 □□□
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── 理想を明確にせよ(3) ──
法然没後、法然の著した「選択本願念仏集」を読んだ明恵という華厳僧が、
その内容に憤り、「摧邪輪」という書を著して反論します。
法然の思想においては菩提心が否定されている。
仏教においては菩提心こそ肝心であるのに、それを否定するとは何事かと、
そういう主旨の書です。
法然の思想を邪説であると言うわけです。
「摧」とは「破摧」(はさい)の「摧」であり、「くだく」ということです。
法然の邪説を打ち砕く。
そういう強い主張をした書です。
後に法然の弟子の親鸞が、さらにこの「摧邪輪」に対し、再反論を試みます。
阿弥陀の他力に救済された者には、自然に菩提心が沸くのであるという内容です。
興味深い反論でありますので、
この点について、ちょっと私の見方を述べてみたいと思います。
阿弥陀如来というのは仏です。
仏とは、衆生を自分と同じように成仏させようと願っている存在です。
でありますから、阿弥陀如来が衆生の菩提心を否定するわけがない。
阿弥陀如来に帰依しようとする者に対し、
当然、阿弥陀如来は衆生が菩提心を持つように、導かれるのでしょう。
という点から考えるならば、親鸞の説はもっともです。
しかしながら、菩提心と仏道修行は一体です。
ところが、浄土宗(浄土真宗)では、仏道修行を自力作善として否定しています。
仏道修行を否定する以上、これは菩提心を否定しているのと同じではないですか。
伝統的な仏教の立場から言えば、明恵の考え方は当然であろうと思います。
言うなれば法然思想とは、
偏差値の低い高校に通いながら東大を目指している生徒に対し、
「こんな高校でいくら勉強したって無駄だよ。
卒業してから、予備校にでも入って、そこで勉強したほうがいいよ。」
というものなのであります。
偏差値の低い高校が娑婆世界。
予備校が極楽浄土です。
こう言われますと、高校の卒業を待つ時間が惜しく、
すぐに中退して、予備校に入ろうと考える者も出て来ます。
ところが、そういう人は、高校の卒業資格が無いので、予備校に入れないのです。
この高校を中退するというのは、つまり自殺です。
この世では成仏できない。
極楽に行かねば成仏できないと言われた人々の中には、自殺者が出ます。
極楽浄土の思想は、多くの自殺者を出しました。
明恵の「摧邪輪」は、大変な意味を持っていた書であると思います。
ところで、浄土思想について考えてみますと、これは法然以前からあったのです。
平安時代から、浄土思想は日本で流行していた。
京都に平等院鳳凰堂というお寺があります。
十円玉の絵柄になっています。
この平等院鳳凰堂は平安後期の建造物であり、極楽浄土を表現しております。
極楽浄土とは、言わずもがなの阿弥陀如来の本地ですが、
これはすでに成仏した者の行く場所ではありません。
成仏は出来なかったけど、生前の積善の報いによって導かれる場所です。
そこで修行し直して、成仏を目指す。
そういう場所です。
成仏しますと、輪廻転生から解放されます。
ですから、極楽浄土は、成仏した者の行く場所では無いのです。
法華経には、生前、法華経を信仰した女人は、
極楽浄土に生まれ変わると説かれております。
そこで修行して成仏するということです。
法華経では女性の即身成仏までは認めていないわけです。
で、極楽浄土というワンクッションを置く。
ちなみに、法華経では「竜女の成仏」と言われる一説があります。
竜王の娘、竜女が「変成男子」と言って、
一度、男性の姿に変じてから、成仏するというシーンがあります。
これは、女性は一度、男性に生まれ変わらないと成仏しないと言う事でありましょう。
法華経の書かれた時代は、男尊女卑の思想が強かったのでしょう。
釈迦は女性に対し、男性同様に「解脱」を認めております。
これは岩波文庫でも出版されている
「テーリーガーター」という原始仏典に書いてあります。
法華経のほうが、男尊女卑思想が強くなっているということです。
日蓮の影響なのですが、創価学会では、
女性の成仏を認めているのは法華経しかないと主張し、
女性信者を獲得しております。
ところが、法華経では女人成仏は認めていないのです。
むしろ、大乗仏典では勝鬘経のほうが直接的に「女人成仏」を説いています。
聖徳太子は法華経と勝鬘経と維摩経の三つを重用経典としてピックアップしましたが、
これは的確な判断であったと思います。
推古天皇は女君であったことから、勝鬘経を持ち出したのでありましょうが、
そもそも、日本の主神である天照大神は女神です。
日本は女性の国なのです。
浄土思想の話に戻ります。
極楽浄土とは、成仏して行く場所ではない。
徳を積んだが成仏には至らなかったという者が転生する場所だということです。
「俺は成仏なんて望まないよ。無理だよ。悪い事もしたからな。
でも、せめて、極楽浄土には生まれ変わりたいよ。」
という人のための思想が浄土思想です。
ですから、極楽に行くのは「成仏」ではなく、「往生」です。
この二つを混同させてはならないのです。
親鸞のように、この二つを混同させて説いた人物もおりますが、
この二つはまったく異なるのです。
また、阿弥陀の他力を信じた者だけが極楽に行けるという考え方も間違いです。
生前において善行を積んだ者は、その善行に比例して、
生まれ変わる場所が変わって来る。
極楽浄土という、住み良い場所へは、たっぷり徳を積んだ者しか生まれ変われない。
仮に、阿弥陀を信仰していても、人の役にまったく立たずに死んで行く者は、
極楽浄土には導かれない。
死んでどうなるかというのは、経験した事が無いので、実際にはわかりませんが、
そう考えたほうが、筋が通っていると思います。
成仏という理想を掲げ、世の為、人の為の努力する。
死後、どうなるかわかりませんが、
それが人間としての成長をもたらすものでしょう。
-【編集後記】---------------------------------------------------------------
中華オリンピックの真っ最中であります。
テレビでは一日中、オリンピックの話題で、
いささかウンザリなのは、私だけでは無いはずです。
開会式が世界中にテレビで放映されたわけですが、
足跡型の花火が、北京市内のありこちで次々に打ち上げられ、
最後に、メイン会場の中で、豪快に花火が上がる。
実は、その最後の花火一発だけが本物で、足跡型の花火はCGであったと、
イギリスで報道され、中国もそれを認めております。
この事実について、あるマスコミが中国の国民にインタビューします。
若い中国女性が、
「花火は本物よ。じゃないと、あんなに見事な開会式になるわけがない。」
と、泣きそうな顔で答えておりました。
事実を認めようとしない。
どこぞの宗教団体の信者が、
その虚偽の部分を他人から突きつけられた時に、
「そんなことがあるわけがない」と否定するのと同じ反応です。
「何でこの人は私の大好きな中国を否定するのだろう。
なぜ、外国には中国を批判する人が多いのだろう。」
そういう疑問を持っているわけですね。
非常に強い愛国心です。
ここ数年、中国国民の愛国心が非常に強くなっている。
天安門事件の時は、逆に、愛国心が萎えていたのですが、
この数年、愛国心がものすごくなっている。
この話はちょっと置いておきましょう。
中国を共産主義国家であると、未だに思っている人がいるようです。
かつての中国はそうでしたが、今は、資本主義国家です。
共産党という一党が独裁しているだけです。
「共産党」とは言っても、彼らは共産主義は捨てています。
中国は共産主義から資本主義に少しずつシフトチェンジし、
現在では、完全に資本主義国家です。
また、社会主義国家でもない。
社会主義というのは、結果の平等を実現するという思想です。
共産主義のベースにあるのがこの思想です。
ところが、中国には平等は無い。
完全なる格差社会です。
つまり、中国は社会主義国家ではない。
中国では社会主義は実現できなかったのです。
ネックは共産党一党独裁です。
国民の特権階級が共産党員。
各地の共産党員が絶大な権力を握って、私腹を肥やしている。
以前も申し上げましたが、一党独裁では、
本当の社会主義は実現できないと私は思います。
また、共産主義は、資本主義が爛熟してから実現すると、
共産主義理論を体系化したカール・マルクスは語っていたようです。
資本主義によりインフラが整い、文明もある程度の進歩を遂げ、
もう、これ以上、モノは要らないよ、という段階で、世界一斉に共産化する。
そうしないと実現しない。
ところが、中国では資本主義がぜんぜん、出来ていなかった。
そこで共産主義を導入した。
また、大多数の国が資本主義で、
一部の国だけが共産主義なのですから、そりゃ、格差が生じます。
資本主義のほうが経済成長しますから。
共産主義は、「物質的価値よりも精神的価値を大切にしよう」という思想です。
だから、周囲がみな、資本主義で、その国だけ共産主義ならば、
当然、その国だけ、置いて行かれる。
共産党一党支配による腐敗も起こる。
国内で格差が生じ、また、世界各国との経済的格差も生じている。
そこで、あの天安門事件が起こったのです。
「もっと大胆に自由化しよう」と若者がアクションを起こした。
あの時、政府はその運動を揉み潰しましたが、
実際は、若者の意志と同様、経済の自由化を行って行くわけです。
若者は急進改革を主張した。
政府は、じっくりやって行こうというスタンスです。
その差が天安門事件の流血につながったのです。
自由化したのは経済だけなのでありますが、
ともかく、中国は資本主義国家として変貌する。
海外からも莫大な資本が流れ込む。
人口は世界一。
天安門事件以降、もう一つ、中国政府がやっていた事がある。
愛国心教育です。
これは反日教育とも一体なのですが、
政府は、徹底して、愛国心を国民に植え付けた。
国が貧乏ならば、こんな事されても無意味ですが、
なにせ、経済成長して、都市部に限っては、国民が潤った。
だから、田舎はともかく、都市部の国民の愛国心は高まった。
それがいっきに噴出しているのが今回のオリンピックです。
以前、自然な「愛国」は良い。
でも、「愛国主義」と「主義」がつくと、排他的になるというお話をしました。
今、中国はそういう状態です。
このメルマガでは、数回に渡り、理想について語っておりますが、
中国の理想って、いったい、何なんだと思うわけです。
社会主義が理想だったのではないのか。
実際は、違ったようです。
平等なんて、考えちゃいない。
一種の、当時の流行に乗って、中国は社会主義を目指しただけなのでしょう。
隣の大国がソ連でありますし、
ソ連との関係を思えば、それが必然だったのかも知れません。
ところが、社会主義を理想とする気持ちは本物ではなかった。
結局、自分が豊かになれば、それでいい。
最後に残ったのは何か。
富と愛国心。
昔から存在するものに「中華思想」というものがあります。
これは、世界の中心は中国なのだ。
中国が一番、偉いんだという思想です。
中国と言っても、漢民族を中心とした中国です。
昔からある思想なのですが、清の時代に、アヘン戦争でイギリスに負け、
日清戦争で日本に負けると、中華思想が冷めるんですね。
でも、中華人民共和国の建国で、また中華思想が高まり、
毛沢東死後、経済が立ち遅れると、また中華思想が冷める。
そして、経済の自由化を果たし、豊かになると、また中華思想が高まる。
中国は、長い歴史の中で、これを繰り返しているわけですが、
今は、ちょうど、中華思想が高まっている時です。
中華思想というのは愛国心と一体の思想です。
「中国、どうだ。すごいだろう。」と、世界に誇る思想です。
今のオリンピックはそれです。
これに一番、違和感を感じているのは欧米諸国のようです。
日本は、昔から隣国として中国と付き合って来ましたから、慣れている。
「またかよ」ってくらいなものです。
ところが、欧米諸国にとっては腹立たしいわけです。
そこで、イギリスの報道機関が開会式のCG花火をあばくなど、
色んな方面から、中国を叩いているわけですね。
特に、フリーチベットを叫んでいるのは、ほとんど欧米人です。
欧米人のほうが、アジアよりも人権意識が高いので当然かも知れませんが、
ともかく、中華思想に対し、猛烈な違和感を感じているのは欧米人のようです。
結局、中国の理想って言うのは、社会主義ではなく、中華思想だったんですね。
それがハッキリした、中華オリンピックであります。
ま、日本も選手がメダル取った時の馬鹿騒ぎを見ると、
似たようなもんだと感じるわけでありますが。
「ネットウヨ」とか言いますけど、右翼が増えて来てますしね。
愛国馬鹿が多くなっております。
食の問題について、農水相が、
「国民がうるさいから仕方なく調査する」と言いましたね。
典型的な自民顔ですね。
終戦記念日に靖国参拝しておりましたが、「やっぱりな」と感じました。
ともかく、一般紙の一面トップでオリンピックネタを扱うのはやめろ!と。
毎日、日本のどこかで人が殺されたりしているわけですから、
マスコミも、もうちょっと報道の優先順位を考えて欲しいです。
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