まぐまぐメルマガアーカイブ

週刊マガジン・ワンダーランド


2008.04.23

週刊マガジン・ワンダーランド 第91号


メルマガトップ(記事一覧)へ
| 最新号 |





━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ http://www.wonderlands.jp/

   週刊マガジン・ワンダーランド(Weekly Magazine Wonderland) 

   2008年4月23日発行 第91号                            毎週水曜日発行
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【目次】
◆「ムネモパーク」(シュテファン・ケーギ構成・演出)
 舞台メディアを人びとが出会うツールに 演劇のフレームから離れて
 大岡淳(演出家・批評家・パフォーマー)
◆庭劇団ペニノ「苛々する大人の絵本」
 困惑の無為と不可知論
 伊藤亜紗(Review House編集長)
◆インタビューランド#8 岸井大輔(ポタライブ「元」主宰)第2回
 −聞き手 柳沢望(wonderland 執筆メンバー)

▼次号予告(第92号, 2008年4月30日発行)
 時間堂「三人姉妹」(鈴木励滋)
 岸井大輔(ポタライブ「元」主宰)インタビュー第3回、ほか。

■web wonderland から===================== http://www.wonderlands.jp/ 

◇ポツドール「顔よ」(クロスレビュー)
◇Port B「サンシャイン62」[特別寄稿]
◎陽光と昔日 〜豊島区サンシャイン百景の旅
 村井華代(西洋演劇研究)
◇鹿目由紀「不惑と窓枠の行方」[特別寄稿]
◎女性の心理を重層的にあぶり出す 「不惑」と「窓枠」を使って
 鳩羽風子(新聞記者、演劇評論)
◇悪い芝居「なんじ」[特別寄稿]
◎相互理解への疑義と不信 観客の挑発から次なるステージを
 藤原央登(「 現在形の批評 」主宰)

◇青年団リンク青☆組「うちのだりあの咲いた日に」[特別寄稿]
◎揺るがないリアリティ ぎっしり詰まった伏線が見事
 小畑明日香(慶大生)
◇MONO「なるべく派手な服を着る」[特別寄稿]
◎「おひ!」
 武田浩介(演芸作家・ライター)
◇「ヤン・リーピンのシャングリラ」[特別寄稿]
◎滅びゆくものは美しく、喪われたものだから懐かしい
 文月菖蒲(古書・骨董研究家)


======================================================================
◆「ムネモパーク」(シュテファン・ケーギ構成・演出)
 舞台メディアを人びとが出会うツールに 演劇のフレームから離れて
 大岡淳(演出家・批評家・パフォーマー)

 ヨーロッパで人気を博するリミニ・プロトコルのメンバー、シュテファン・ケー
ギ構成・演出による『ムネモパーク』は、期待に違わず見応えのある公演であっ
た。

 アートプロジェクト・ユニット、リミニ・プロトコルの舞台は、驚くべきこと
に、既に俳優を必要としていない。舞台に登場するのは、ごくごく普通の生活者
たちである。その生活者たちには、演技することすら求められていない。彼らは
基本的には、舞台上で、段取りに従って身の上話を語るのみである。そして、様
々なテクノロジーが、この身の上話を盛り立ててゆく。従って、わかりやすく言
えば、リミニ・プロトコルの舞台はドキュメンタリー演劇である。だが、俳優も
演技も存在しない舞台を「演劇」と呼んでよいのかどうかすら、議論がわかれる
ところであろう。とすると、これは何なのか。ドキュメンタリー・パフォーマン
スと呼んでおけば、とりあえず間違いはないだろう。強いて言えば、ピン・チョ
ンのような演出の系譜に連なるものである。ピン・チョン演出『undesirable
elements』も、無名の生活者たちが出演し、己の人生を物語るパフォーマンスで
あった。

 『ムネモパーク』の面白さを言葉で説明するのはなかなか難しいが、とりあえ
ずざっくり解説してみよう。舞台上には、スイスの風景を緻密に再現した1/87ス
ケールのジオラマが並んでおり、このジオラマの中を、鉄道模型が走る。列車に
は小型カメラが据えつけられており、この小型カメラに映るジオラマの風景は、
舞台中央奥に設置されたスクリーンにそのまま映し出され、観客の目に入る。こ
の構造によって、私たち観客は、映像を介して舞台上に作られたスイスの模型の
中に存在すると同時に、現実にはその外にも存在するという、不可思議な二重性
を体験することになる(だが思えば、この二重性こそ、演劇というメディアに備
わった特質ではあったのだが)。

 舞台に登場するのは、実際にこのジオラマを製作した、鉄道模型マニアの4人
の老人たち。さらに司会進行役の若い女優を加え、5人の登場人物が、列車の走
行と停止を繰り返しながら、ときに彼ら自身の身の上話を語り、ときにジオラマ
で再現されている現実の土地に取材した、ドキュメント映像を紹介する。ゲーム
で勝った者が自分の過去にタイムスリップできるという愉快なしかけも登場する。
そしてこれらと並行して、スイスで撮影されるインド映画の構想が語られてゆく。
実際に、近年インド映画はスイスを舞台にすることが多いらしく、舞台上のスク
リーンには、インド映画の中でステレオタイプ化されて描かれるスイスが登場す
る。これを巧みに取り入れながら、5人は身の上話の合間に、インドとパキスタ
ンが対立し、これに絡んで原油パイプライン敷設を狙うアメリカが三つ巴で争う
中、男女が逃避行を試みるという感じの、やたらに政治的な架空のインド映画を
創造してゆく。最後には、このインド映画の中に5人が飛び込んで、踊りながら
のフィナーレとなる(読者よ、わけのわからない説明で申し訳ない。が、こんな
ふうにしか説明のしようがないのだ)。終演後、観客は客席から舞台に移動し、
間近でジオラマを鑑賞しながら、老人たちと語ることができる。

 情報量の多いパフォーマンスなので、緻密に分析し始めたらキリがないが、強
く印象に残ったのは以下の3点である。

 第一に、老人たちの人生。彼らは、半世紀に渡る冷戦体制を生き抜いてきた人
々であるということに、今さら気づかされる。第二に、映像で紹介されるスイス
社会の現実。牛の精子の売買の様子など、圧巻であった。第三に、スイスについ
てのステレオタイプの存在。確かに私たちもスイスと聞けば、『アルプスの少女
ハイジ』(しかも我々にとっては宮崎アニメ!)に象徴される、のどかな高原の
イメージを思い浮かべるばかりではないか。ハリウッド映画で描かれる「日本」
像の奇怪さについて私たちは敏感だが、しかし私たちもまた、ヨーロッパの国々
に対して得手勝手なイメージを抱いていることに、改めて気づかされた。現実に
ヨーロッパを旅行すればこのイメージが解きほぐされるかと言えば意外にそうで
もなく、絵葉書や観光ガイドで思い描いていたイメージを、ただただ再確認する
ことを「感動」などと呼んでいることも多いのではないか。

 ところが『ムネモパーク』は、ジオラマのスイスを鉄道模型で経巡る旅に我々
をいざなうことによって、このシミュラクルのスイスこそがむしろリアルであり、
リアルなスイスであると我々が信じているものこそフィクショナルな産物ではな
いか、と静かに語りかけてくる。そのうえで、演劇的な単一のストーリーに回収
されない、極めてパーソナルな複数のヒストリーがただただ並置され、また、社
会の様々な側面が映像で紹介されることによって、いわゆる「スイス」なるもの
が軽やかに脱構築されていく次第である。

 もはや舞台作品がいくら政治的な内容を主張したところで−否、むしろそうす
ればするほど−紋切型に陥り、却って非政治化されてしまう。従って今日では、
政治的な主張を排し、テクノロジーを駆使してミクロな現実を伝達するという行
為そのもの、形式そのものこそが政治的なのだ。そんな信念に貫かれたパフォー
マンスである。この姿勢には共感を覚える。また、演劇というフレームに束縛さ
れず、舞台というメディアを、人と人が出会う(今回の場合は、スイスの老人た
ちと日本の観客が出会う)コミュニケーション・ツールとして活用する姿勢は、
痛快とすら思える。こんなものを見てしまうと、たいがいの演劇が、左翼が大衆
に説教するためのたとえ話としか思えなくなってくる。

 もっとも、森達也のようなドキュメンタリー映画監督は、ドキュメンタリーも
また、監督の恣意によって構成されるフィクショナルな性格を免れないというこ
とを強調している。とすると、フィクションをノンフィクションへと転倒しただ
けで、なにか現実がつかめるという単純な話ではないだろう。いやそもそも「現
実」とは何なのか? こんなふうに一歩身を引いて考えると、シュテファン・ケー
ギの手法に一片の危惧を感じないわけではない。が、これはもはや作り手ではな
く、受け手の問題なのかもしれない。結局私はこの舞台から、主観とは何であり
客観とは何であるかという、なんとも原理的な問いかけに立ち戻るきっかけを与
えられたように感じている。

【筆者略歴】
 大岡淳(おおおか・じゅん)
 1970年、兵庫県西宮市生まれ。演出家・批評家・パフォーマー。パフォーマー
集団「普通劇場」代表。(財)静岡県舞台芸術センター(SPAC)文芸部所属。河
合塾COSMO東京校、桐朋学園芸術短期大学、静岡文化芸術大学非常勤講師。この4
月から、月見の里学遊館(静岡県袋井市)ワークショップ・ディレクターに就任。

【上演記録】
東京公演:東京国際芸術祭(TIF)2008
http://tif.anj.or.jp/mnemo/index.html
にしすがも創造舎特設劇場(2007年3月14日-17日) 
上演時間:1時間30分 (休憩なし)
一般 4,000円/学生 2,000円

キャスト:
Rahel Hubacher <ラヘル・フバッハー>
Max Kurrus <マックス・クラス>
Hermann Lohle <ヘルマン・レール>
Heidy Louise Ludewig <ハイディ・ルイーズ・ルーデヴィッヒ>
Rene Muhlethaler <ルネ・ミューレターラー>
Niki Neecke <ニキ・ニーケ>

スタッフ:
構成・演出 Stefan Kaegi <シュテファン・ケーギ> (リミニ・プロトコル)
映像 Jeanne Rufenacht < ジャンヌ・ルフェナハト> 
  Marc Jungreithmeier <マーク・ユングライトマイアー> 
音響 Niki Neecke <ニキ・ニーケ> 
照明 Minna Heikkila < ミナ・ヒキーラ> 
舞台監督 Michael Jann <ミヒャエル・ヤン> 
演出助手 Anna K. Becker <アンナ・ベーカー> 
ドラマトゥルク Andrea Schwieter <アンドレア・シュヴィーター> 
制作 Maria Kusche <マリア・クーシェ> 
製作 Theater Basel <バーゼル劇場>(スイス) 

助成 スイス・プロ・ヘルヴェティア文化財団
後援 スイス大使館
協力 ヨーロッパ型鉄道模型クラブ
モデル アイゼンバーン クラブ 

川崎公演:
川崎市アートセンター アルテリオ小劇場(3月11日-12日)
http://kawasaki-ac.jp/archive/2008/080311/index.html
料金:(全席自由・日時指定・税込)一般4,000円/学生2,000円 (当日 一般
4,300円/学生2,300円)
(主催:川崎市アートセンター / 後援:スイス大使館 「しんゆり・芸術の
まち」PR委員会) 


======================================================================
◆庭劇団ペニノ「苛々する大人の絵本」
 困惑の無為と不可知論
 伊藤亜紗(Review House編集長)

 会場となった渋谷にほどちかいマンションの一室は、かつて王侯貴族のあいだ
で流行した「驚異の部屋」もかくやという標本空間である。剥製のオオツノジカ
やイノシシの頭と脚でできたテーブル、クロコダイルの模型、時代がかったワイ
ンなど奇妙なものが陳列され、それらの珍奇品と同じように役者もまた陳列され
る。物量がふえるのと同時に空間はますますちぢんでいくようにみえるが、もと
もとこの空間は何かの誤りであるかのようにせまい。背筋をのばせないほど天井
が低いのに役者は頭におおきなかぶりものをしており、たちまちスカートやクロ
スに引火しそうな燭台をもってウロウロと歩き回っている。

 黒づくめの二人の女は、ハンドアウトによれば「豚」と「羊」であるが、室内
空間と同じくらいいびつな歯と歯茎を持っている。口を閉じることもままならず、
猿ぐつわをはめられたような前歯のすきまから、ねちゃねちゃした白い食べ物や、
わずかばかりの言葉を、かろうじて出し入れするのである。二本の樹木が天井と
床から室内につきささっている。この樹木がだす白い液体を、流動食にかけて食
べるのだ。「へえ…ここ粉吹いてる…ここ…ほら、粉吹いてるでしょ?…粉吹い
てる…へえ」と「羊」は幹をさすって樹液の出の悪さを気にかけ、「豚」は豚で、
死んでしまった小鳥を抱えて大声で泣きくずれている。

 明らかに愚かな存在として描かれている二人(二匹)だが、その愚かさが、
「困る」という解決の回避、行為の欠如として具体化していることに注目したい。
部屋のほんとうのせまさは、この非−行為である。「樹木が部屋に突き刺さって
きた」という異常事態や、「樹液が出ない」「小鳥が死んだ」などという非常事
態に直面しても、彼女たちは、なぜそうなったのかと本気で理由を問うたり、疑っ
たりなどしない。対処するための現実的行動に出ることはなく、ただ部屋のなか
をウロウロうろうろしたり、同じ台詞を反芻したり、ため息をついたりして、無
為にすごすだけである。もちろん「困ること」は事実として、彼女たちの処世術
になっている。事態が何も好転しなくとも、慣れてしまえば異常はそのまま常態
へとスライドする。

 閉じられた彼女たちの世界に変化があらわれるのは、中盤、「外部」が唐突に
描かれてからである。その外部は床下に広がっている(つまり途中で床下を覆っ
ていた板がはずされ、舞台は上下の二段構造になる)。霜のついた冷凍庫をおも
わせるその世界は、ジオラマで構成されており、小人の国を訪れたガリバーのよ
うに、詰め襟を着た男がジオラマの風景の真中に横たわっている。この世界は、
この横たわる受験生「ムラシマタケル」の世界である。ただし突然出現した二つ
の世界は、たんなる物理的な上下関係にあるのではない。どうやらムラシマこそ、
豚と羊の世界におこっていたさまざまな出来事を、都合良く説明してくれる存在
らしいのである。ムラシマの世界があるおかげで、豚と羊の世界におこっていた
さまざまな出来事のつじつまが合うのだ。たとえば天井から樹木をつたって染み
てきた雨水は、床下にたまってムラマヤが枕にしている湖や周囲の氷結した山々
を形作っていたのであり、床下から突き上げていたほうの樹木は、どうやらムラ
シマの変形したペニスだったのであり、ということは不思議な樹液はムラマヤの
精液なのかもしれず、もう一方の樹木はムラシマが淋病にかかったために樹液の
出が悪くなったようである……。求めてなどいなかったにもかかわらず、「豚」
と「羊」は自分たちの住まう世界のからくりを知らされてしまうのだ。

 「外部」と出会った二人は、ほとんどはじめて会話らしい会話を始める。床板
の割れ目から下界を覗いて、寝言をいっているムラシマによびかけるのだ。話を
聴いているうちに、ムラシマがひどい妄想に取り憑かれていることが明らかにな
る。それは性欲が見させる妄想で、受験のプレッシャーを感じながらも(それじ
たい妄想の可能性が高いが)、妹「ミツコ」のかわいさがちらついて、勉強に手
がつかなくなっている。ムラシマは、二人の目にとても「ムラムラしている」よ
うにみえる。夢オチ(妄想オチ)を予感させる展開だが、そうはならない。横た
わっていたムラシマがむくりと起き上がり、「上がらせてもらいます」と言って、
二人のいる床上の世界へともじどおり上がってくるのだ。

 外部のこの暴力的な侵入は、二人にとって異常事態である。とはいえ、彼女た
ちはもちろん戦ったりなどせず、あくまで後追い的に事態に対応し、自発性を欠
いたまま、無為のうちに時間がすぎようとしている。あまりに一方的な勢いに今
回は困る余裕さえないが、ムラシマが「豚」に向かって「母さん、夜食ちょうだ
い」といえば彼女はとりあえず食事(といってもあの白い流動食)をもってくる
し、「羊」に向かって「ミツコも何かつくってよ」といえば同じように料理をは
じめる。身を守るためにムラシマの妄想につきあって演技をしている、というの
ではなく、とりあえず目の前の指令に応じているだけである。

 だから、凸に対する凹として、攻めと受けが一体になっているわけではない。
さまざまなミスや思い込みのせいで、彼女たちは受け身としての役割を逸脱して
しまうのである。ムラシマと羊や豚の関係は、凸対凸である。ムラシマが豚を
「ミツコ」と妄想して欲情すれば、その「豚」はムラシマをべつの男性(麗しの
ゲイボルグ様?)だと思い込んでいて、二人は誤解したまま接吻してしまう。あ
るいは「羊」が忘れていたと差し出すシカの頭部に、ムラシマは「おかーさーん」
とアングラ演劇を思わせる絶叫の抱擁をする。つまり、上下の世界は物理的には
ひとつになっているが、じっさいにはひとつになど全くなっていないのである。
空恐ろしいのはむしろ、ひとつでないにもかかわらずかみ合っていることである。
独り言をしゃべっているのに、たまたまとなりにいたために対話してしまってい
る人々(!)。三人の愚者たちは、テーブルのうえにおかれた三つの物のように、
永遠におたがいを知ることがないだろう。フェティッシュなまでの物質的な豊穣
さが庭劇団ペニノの特徴だが、それは、観念や意味からその確かさを剥奪すると
いう戦慄の手続きによって成立しているのである。

【筆者略歴】
 伊藤亜紗(いとう・あさ)
 1979年東京生まれ。東京大学大学院にて美学芸術学を専攻。現在博士課程。ダ
ンス・演劇・小説の雑食サイト「ブロググビグビ」も。08年1月に超自由な批評
誌「Review House」を創刊。
http://assaito.blogzine.jp/assaito/

【上演記録】
庭劇団ペニノ15th「苛々する大人の絵本」
http://www.niwagekidan.org/next/index.html
日時 2008年4月11日(金)〜26日(土)
会場 はこぶね(劇団アトリエ) 

作・演出:タニノクロウ
出演 山田伊久磨・島田桃依・瀬口タエコ 他
料金 2300円(日時指定・入場整理番号付き自由席)


======================================================================
◆インタビューランド#8 岸井大輔(ポタライブ「元」主宰)
 −聞き手 柳沢望(wonderland 執筆メンバー)
 第2回

▽「演劇の形式化」−現代芸術として演劇をつくるために

岸井 いろいろワークショップをやってみて、ぼくが、演技していると感じるの
は、行為と行為の移動だ、と思いました。まず、人間は、行動するとなんらかの
意識をします。しかし、意識のピークは持続できない。本当に一瞬でしかなくて、
意識した直後には、もうその意識の残響で体が動いている。あとは、意識を続け
ようとしても、意識しているフリになってしまって演技としては見るに耐えない。
この「意識があらわれる、意識の一瞬のピーク、意識の残響」は、せいぜい10秒
くらいしかもたない行為の持続の最小単位です。そして、意識の残響がある間に、
次の意識があらわれることで、行為がつながって見えるのではないか。実際ナチュ
ラルな人間は、そうしているようにぼくには感じられます。その行為と行為の移
動を正確に再現する技術が演技なのだと考えました。ならば、そのための方法を
考えればいいだけです。そこで「P」を考えたわけです。

−これまで話されたことを整理すると、演劇はほかの芸術ジャンルに比べて方法
論の面で遅れている。整備されていない。しかし、明確な「演劇」の概念が自分
のなかにはあって、それを作品化する方法論があれば、その演劇の概念を実現で
きる。そういう確信が固まってきたのが95年前後だったと言っていいのでしょう
か。

岸井 そうですね。現代美術や現代音楽はカッコいいと思った。でもぼくは演劇
が一番好きで、それ以外をするつもりはない。ならば、カッコいい演劇をつくろ
う、と思ったんですね。

−どこがカッコ悪いんですか。

岸井 いろいろありましたが。当時のことを考えると、他ジャンルの現代芸術の
友人と、野田秀樹さんや太田省吾さんや鈴木忠志さん、いわゆる80年代小劇場以
前の成果を見に行くと、まあ、なんとか話ができるわけです。近代、たとえば
「役作り」「才能」「伝統」に対する疑義が作品を見れば誰にでも分かる形式を
とっていますよね。
 ところが、そのころ、いわゆる「静かな演劇」が出てきて、平田オリザさん、
岩松了さん、宮沢章夫さん、ですね、確かにおもしろいんだけれど、これは単に
ある作家からみている世界をコピーしているだけで、つまり近代的自我を前提に
したテーマ主義ではないか。さらに、物語に大きく依存した表現なのじゃないか、
といわれると、当時のぼくはまったくその通りだと答えざるを得なかった。
 あり得るだろう誤解をさけるためにいうと、ぼくは、太田さんの舞台を見てい
たので、せりふが無いとか、静かであることは好きだったわけです。野田さんが、
80年代末にエッセーで、「将来において、また、演劇は頭でっかちなやつらが語
るものになるだろうが、自分は遊び続ける」という趣旨のことを書いていたんで
す。ぼくはそんなバカな、と内心思っていたのですが、予言が当たったと思いま
した。特に高校時代はポップスターだった宮沢さんが「静かな劇」化したのは予
言の成就っぽくて衝撃的でした。
 もちろん、宮沢さんについては「あえてする」態度だ、と思っていましたし、
おそらく彼は現代において有意な「能」をめざしているんだろうと「ヒネミ」と
か「砂漠監視隊」を見て感動したときには思ったんですけれど。でも、「あえて」
近代そのものの努力を、今になってやらなければならないアート分野っていうの
はカッコ悪いと感じたんですよ。
 平田オリザさんも、自分が日本で初めて近代演劇をやっているんだと書いてい
たと記憶していますが、それこそが彼の一番の実績だと思いますよ。
 近代演劇というのは、その時代の口語によって市民を主役として考えさせるこ
とを目的とする劇ということであって−「人形の家」がたとえばそうですよね
(笑)−現代芸術にとっては相対化するべき土台の一つに過ぎない。でも、その
ころ平田さんの劇を見ると、「あえて」ではなく「ベタに」彼の世界の再現をし
ているだけに感じられました。平田さんが現代芸術家と言えるのは、演出家とし
てだと思う。平田台本を近代的に上演することはできるけど、近代的な台本も平
田さんが演出すれば現代演劇にできますよね。彼の演出術は、世界のコピーでは
ない、今できあがりつつある演劇シーンに影響を与えたと思います。
 でもこのことこそが、当時のぼくにとっては、演劇が現代芸術になっていない
ということの証明に過ぎない。とすれば、そのための努力をまずしてしまうべき
ではないか。後発であるということは、先人からいろいろ学べるはずで、だから、
それほど苦労せずにすむのではないか、と思っていました。
 そこで他のジャンルで現代芸術が誕生した経緯を勉強してみました。すると、
たとえば美術ならバウハウスの活動が決定的なんじゃないかと思いました。特に、
クレーの「教育スケッチブック」のような考え方やデザインという概念が作られ
たことなどです。ダンスならラバンやフォーサイスの活動、音楽ならシェーンベ
ルクの12音技法のような活動です。
 これらには、共通点があるように感じました。つまり、現代芸術の誕生のあた
りで、それまで結果から定義されていたジャンルを、作品の作り方からの定義に
変えるという作業を経ているんです。しかも、その創作方法というのは、ある作
家個人がイメージする結果を作り出すための方法ではなくて、そのジャンルに属
するものすべてが共通して使えるものです。その方法による作品創作の成果があっ
て現代芸術は生まれましたが、演劇にはそれがないことが問題なのではないか。
だから、現代的な作品が作り出されても、それは個人の才能によってしか維持さ
れず、長い目で見ると近代の重力に負けて逆戻りしてしまうのではないだろうか。
現代芸術誕生に共通する作業を捕まえようとしていたころ、柄谷行人を読んでい
て、演劇に必要だとぼくが感じていることは彼の言う「形式化」だな、と思いま
した。正確に言うと「創作方法によるジャンルの形式化」ですね。演劇において
もそれはなされなければならないと考えた。それが95年なわけです。

−そういう理論的考察に沿って演劇ができるはずだ。やらなきゃいけない。それ
が次の「P」になるわけですね。

岸井 そうです。そう思っていました。

−「P」を始めたころ、大学はまだ卒業していませんよね。

岸井 まだ在学中です。


▽「P」の方法論−演技の形式化

−ところで、「P」って何の頭文字ですか。

岸井 あまり意味はなくて、PLAYの略、演劇ですね。

−演劇の本質、演劇そのものに仮に「P」という記号をつけておく、そういうこ
とですか。

岸井 そうですね。では「P」という方法の説明をしますね。
 「P」は、最初に文を準備します。この文は何でもよい。「才能」から演劇の
創作方法を解放するために、図書館でサイコロを振って、テキストを選んだりし
ていました。サイコロは「P」の象徴となるアイテムですね。今仮に、準備した
文を「最初に文を準備します。」だとします。この文をサイコロを振って、文字
数で、いくつかの部分に分けます。たとえば

1 最初に
2 初に文を準
3 を準備
4 備します

の4つにわかれたとしましょう。この分けられた切片はそれぞれ少しずつ重なり
あっていることが重要です。それぞれの切片ごとに、イメージを別々の人が作り
ます。まあ、なんでもいいのですが、たとえば

1 最初に  : 学術論文の前書き
2 初に文を準: 三国志で曹操が死ぬときに叫んでいる
3 を準備  : 幼稚園受験について噂をしている主婦達の会話
4 備します : 魚の名前

というイメージが集まったとします。で、ある人がそれぞれをイメージして動く
と、4つの演技(行為の持続した身体)ができます。それぞれの部分ごとに、立っ
ていることも座っていることも、現実的であることも幻想的であることもありま
す。あとは、これをつなげるだけですが、言葉が重なっている部分を、先に述べ
た「前の意識の残響が持続していて、次の意識があらわれようとしている」部分
にあてるわけです。

−声に出される文章に対して、文章本来の意味からかけはなれた身体の動きが舞
台で展開されるということですね。

岸井 動きは結果としてコンテンポラリーダンスっぽかったですね。ダンスをやっ
ている人から「あなたはフォーサイスをやりたいんだね」と言われて考えてみる
と、作る前にフォーサイスのCD-ROMで散々遊んでいましたし。

−フォーサイスに通じるところは分節の細かさとスピードですか。

岸井 細かさではフォーサイスに負けません(笑)嘘です。ともかく原文を読み
上げているスピードが落ちないまま、各単語程度のペースで原文とは関係のない
演技をしているわけですから。

−イメージを結晶化して、シーンをテキストの中にはめ込む。それを役者が集中
して身体に持続させる。次々に現れる演技が舞台の上に、めまぐるしく、きらき
らと輝いている。それだけでもうたっぷり演劇じゃないか、という感じですね。

岸井 そうそう(笑)。部分に分けるとき、サイコロを使っていましたが、普通
に演技を作るならば、表現したい目的に合わせて部分に分け、イメージを決め、
演技し、つなげれば、あらゆる演劇に対応できる、とも考えていました。
 「P」を思いついたときは、これでバニョレ国際振付賞を受賞できると思った
(笑)。まだ稽古もしてないのに、コンセプトだけでハイになって2日眠れなかっ
た(笑)。でも実際に2週間稽古したら、これは賞をもらうのに20年掛かると分
かって落ち込んだ(笑)。半年稽古しても、ダンスとして見ると身体がダメ、演
劇として見ると何のことか分からない。
 俳優にも延々とコンセプトを説明するんだけど、まったく理解してもらえない。
今、「P」でやっていた演技方法を「文(かきことば)」という活動で使って稽
古、上演しているのですが、10年経ってみると、演劇をやっている人にも現代芸
術がなじんできたのか、見せるだけで普通に伝わる人の方が多い。「P」の当時
は、公演を開いても、演劇のお客さんは殆ど喜ばなかった。アーティストの友人
だけが無闇に喜んでくれる。ああ、これはだめだな、と。まあ、知らない人が見
てもおもしろくなるだけの稽古量ってあるんですよね。「P」も俳優が訓練する
と、1年も経つとおもしろくなるんですが、それでも、俳優は自分が何をやって
いるのかほとんど理解できないままです。1年稽古した俳優5人と、築地本願寺の
ブディストホールで公演したときは、見せるに足るレベルだったと思います。あ
の時は、緞帳の上げ下げや客電の点灯消灯、音響から照明まで、すべてサイコロ
でやりましたから、ぼくは本気でした。おもしろかったな。


▽プロジェクトマネジメントを学ぶ

−ビジョンとしては世界的な演劇革新の旗頭になるような勢いですが、そのまま
大学を中退して活動することにならなかったんですね。

岸井 きちんと勉強しようと思ったころから、中退は考えなくなりました。大学
は役に立つと思い始めたのです。また、バブルが弾けて、90年代半ばは、友人た
ちがアートと社会の関係を考え始めていたころで、そのころから、社会と演劇の
関係について考えるようになり、今のポタライブにつながるような、一般社会と
接した作品を作り始めると、まあ、大学生は社会人扱いされないんですよ(笑)
遊んでると思われてしまう。でも、職歴は割と実効がある。で、大学も自分に役
に立つことを教えてくれるということに3年も気が付かなかったことに後悔をし
ていたときですから、これはひょっとして、会社に勤めないと必要な教育は身に
つかないシステムになっているんじゃないか、と、思いました。
 就職活動は人並みにしましたよ。だから志望基準が、「将来演劇活動で役に立
つスキルを身に着けられる会社」(笑)。もちろん演劇は続けるつもりで。面接
でも演劇を続けるということはどこでも言って。たとえば、就職することになっ
たベネッセで最終面接のとき、「演劇活動を続けるなら会社をすぐ辞めちゃうん
じゃないの」と言われたので「いえ、そんなことはありません。5年は勤めます」
と返事をした(笑)。そして約束通り5年で退社しました(笑)。いや、5年で辞
めていいと思われたのだと本気で思っていましたからねえ。そんなわけあるか、
と今では分かりますが。5年で辞めるというのは社内でも公言していましたから、
まわりから退社まであと何年だね、なんて日常的に言われましたし。実際に退社
するとき先輩たちからは「エーッ、本気だったの」なんて言われて「取締役に5
年って言って入社したんです」なんて、ひどい言い草だったなと反省しています
が。
 でもその5年間はよかった。勤務ぶりはお世辞にも褒められたものじゃなかっ
たけど、ぼくにとっては本当に勉強になった。ベネッセは当時、個別対応を徹底
することで顧客満足を最大化する戦略でした。ぼくは演劇こそ、観客に個別対応
するジャンルで、だからこそ儲からないと思っていたのですが、個別対応をちゃ
んとやっていて、しかも大もうけしている企業がある!これは勉強になるぞ、と。
でも、中に入って分かりましたが、結局本質は、ただ「一生懸命がんばること」
でした(笑)。当時の経験が今、そのまま役に立っています。

−具体的に言うと、演劇を続ける上で勤務から得られた役に立ったことって何で
すか。

岸井 組織でお客さんと向き合うにはどうしたらいいか。そういう勉強をさせて
もらった上で、実地に企画し、お客さんの反応を見ることができる。貴重な体験
でした。ありがたかったです。会社の研修で、集団での企画や、組織維持のノウ
ハウを勉強でき、それを実地で試せたのもありがたかった。研修で学ぶことって、
たとえば、マネジメントだと、ドラッカーは役に立ちますよ(笑)。演劇をやる
人は読むといいと思いますね。たとえば、「どんな組織にも社会に対する約束が
ありそれを果たすために存在する」という概念ですね。テニスサークルなら「テ
ニスをする場の提供」、自動車メーカーなら「よい自動車を提供」という「約束」
があり、その約束を果たすにはどうしたらよいかと考えると組織の運営は合理化
されます。約束に意味がなくなったら組織はなくなってもいい。たとえばテニス
をしたい人が誰もいなくなったらテニスサークルはいらない(笑)。金儲けも、
組織にとっての食事であり、約束を果たすための手段である。こういう考え方を
知るだけでも演劇活動に役立つんじゃないか。でも、それだけではなくて、学ん
だことを実地で試して、他人の金で失敗までできる!

−仕事の上では、とりわけプロジェクトマネジメントに興味を持っていたんです
ね。

岸井 1回しかない、繰り返しのない事業をプロジェクトというんですが、プロ
ジェクトという概念を知ったときのぼくの喜びようはすごかったですよ。だって、
演劇ってまさにプロジェクトじゃないですか。プロジェクトマネジメントの手法
を使うことで、北海油田から、ピクニックまで(どちらも「繰り返しのない事業」
ですからプロジェクトです)成功させることも出来る、と。実際、プロジェクト
マネジメントの基本本である、PMBOK(「A Guide to the Project Management
Body of Knowledge」)を読んでみると目から鱗がポロポロ落ちる。これなら演
劇プロジェクトもうまくいくんじゃないか、と。国際資格を取るための研修にも
行かせてもらいました。一通りの、プロジェクトマネジメントの知識はあるつも
りです。


▽「演劇の素材は何か?」という問いとの出会い

−そんな会社員生活を送りながら、「P」は続けようと考えていたわけですか。

岸井 「P」は創作方法なので、一人歩きしてもらいたかったのです。創案者の
手を離れて生きはじめねば、創作形式と呼ばれるに値しないと思っているので。
新入社員のころは自分がどのくらい時間をさけるかも分からなかったので、他の
人に頼んでやっていただいていて、「P」をやる団体が3つ活動していました。だ
から会社員時代になると、ぼくは「P」の活動にあまり関わっていません。結局、
「P」は一人歩きしませんでしたけど。

−一人歩きしなかったのはなぜだと思いますか。

岸井 活動している側のモチベーションが保てなかったからでしょう。「P」の
あと、創作形式には、それをやる人のモチベーションの維持まで含まれないとい
けないんだと気付きましたね。ポタライブは「P」の反省を踏まえた創作形式で
すが、モチベーションのことをかなり考えている。「P」も、やっている実感が
分かればもっと続いたのではないかと今にして反省します。

−「P」が社会の中で自律して生成するかと思っていたら、しぼんでしまったわ
けですね。

岸井 そうです。

−「P」の活動を共にしていた人たちとも理論的な議論をしていたのですか。

岸井 議論というより一方的に説明していたし、なかなか分かってもらえません
でしたね。

−当時から「演劇の形式化」というコンセプトを打ち出していたのですか。

岸井 95年からそれは明確でした。「演劇の形式化=P」だと主張して、それで
いいと思っていた。これがトドメだ、ぐらいに思っていました。

−「P」時代はまだ、集団という概念を考えていなかったのですか。

岸井 ああ、演劇の素材=集団という概念をぼくが考え始めたのは多分、2002年
ごろですね。うーん、そうですね。「P」を作って初めて、ぼくは他人に紹介で
きる作品を手に入れたわけです。それまでは「演劇の形式化」と言っているだけ
で、それを表す作品がなかった。なので、ぼくの考えを理解してくれそうな人に
「P」を見せて話をしようと思ったわけです。
 そのころ、音楽の五線譜やダンスの舞踊譜みたいに、演劇を記譜できないかと
考えていて、P譜のようなものを作ろうと考えていた。それで、舞踊譜の研究者
に会いに行くことにした。譲原晶子さんです。

−「踊る身体のディスクール」(春秋社)を書かれた譲原晶子先生ですね。かつ
て東大の学生さんがダンス記譜法の自主講座を開いていて、ぼくもその縁でお会
いしたことがあります。

岸井 譲原先生に会いに行って、演劇の形式化の話をし、「P」を見てもらって、
喜んでいただき、特にコンセプトの説明をしなくても、こちらが考えていること
に対して適切な質問をしてくださいました。やっと、やりたいことを分かってく
ださる専門家に会えたと思いました。そこで譲原先生に、形式化を考えるなら、
何をそのジャンルの素材と考えているかを決めねばならない、と言われた。つま
り演劇の素材を何であると考えているか、ですね。それはそうですよね。同じジャ
ンルを相手にしても、素材が違えば、違う形式化が生まれるだろう。そう言われ
て、ぼくは、シェーンベルクとケージの違いを考えました。五線譜に書きうるも
のを音楽と考えるならばシェーンベルクになる。でも音楽とは音であると考えれ
ば、ケージやシェーファーになります。で、譲原さんに、あなたが考える劇の形
式化するべき対象・素材は何なのと問われて、答えがない、答えられない。

−「P」ではだめだったんですか。

岸井 「P」で形式化されているのは演技ですよね。音楽における音のように、
演技が演劇の素材かと考えると、簡単にはうなずけません。また、「P」で形式
化している範囲が演技のすべてをフォローしているのかというと、そうでもない。
射程としては、せいぜい現代口語演劇程度の小さいものだ、というのが、演劇の
素材とは何かという問いをたてることで明確に分かりました。

−演劇の素材は何なのか、という問いへの答えは「P」のコンセプトでは出せな
かったんですね。

岸井 「P」は戯曲を演技する過程を形式化しようとしていました。しかし、考
えてみると戯曲と演技は演劇の全体ではないですよね。
(次号続く)


======================================================================
【編集日誌】
☆「ムネモパーク」公演はヨーロッパのポストドラマとして注目されているリミ
ニ・プロトコルの Stefan Kaegi <シュテファン・ケーギ> による構成・演出作
品です。ぼくは昨年、彼の作品『Cargo Sofia-Avignon』(2006) の紹介映像をみ
て軽いショックを受けました。基本的には、トラックを改造した大型バスのよう
な車に観客を乗せてEUの国々を走り続ける企画です。スタート地点周辺の風景が
まず窓の外に広がります。その窓がスクリーンに早変わりして映し出されるのは、
ブルガリアの主都ソフィアを出発し国境を越えてくる映像です。車を降りて実際
に休憩中のトラック運転手と話し、ぼやきや吐き捨てるような言葉と出会う映像
もあります。映像がとぎれると、いま走っている国の風景が広がります。その土
地の社会状況や差異、格差が、交錯する風景と映像からざらりと浮かび上がるの
です。構成と演出はあっても、いわゆる俳優はいません。演技も消えています。
しかし乗客という名の観客が、そこで起きるドラマの欠くべからざる要素なので
す。ドキュメンタリー演劇という人もいるようですが、そこで演劇が成立してい
ると痛いほど感じました。日本でもその影響を受けつつ、前号で紹介したPort B 
が「東京/オリンピック」「サンシャイン62」など独自の展開を図っているので
はないでしょうか。
☆インタビュー第2回目を掲載した「ポタライブ」は、ヨーロッパの流れとはま
ったく独自に、演劇の原理を手探りする中からオリジナルの、新しい演劇・劇場
の形態にたどり着く様子が生々しく語られています。柳澤さんという最良の聞き
手を得て、元主宰の岸井さんが語る現代演劇の生成現場に、ぜひ立ち会ってもら
いたいと思います。次号に残るインタビューを載せ、連休中にWebサイトに転
載する予定です。ご期待ください。
☆前号後記の筆者紹介で、鳩羽風子さんの敬称が抜けていました。無礼千万の後
書きに気が付いて真っ青になりました。申し訳ありません。だんだん注意が行き
届かなくなってきたのかもしれません。
(北嶋)
======================================================================
編集長 北嶋孝
制作・発行 ノースアイランド舎/(有)ノースアイランド
〒202-0002 東京都西東京市ひばりが丘北4-1-9 Tel& Fax: 042-422-5219
問い合わせ wonderlands@northisland.jp
webサイト http://www.wonderlands.jp  
(C) 2006-07 northisland 
 * 「マガジン・ワンダーランド」の登録・解除は次のページからお願いしま
す。http://www.wonderlands.jp/info/subscription.html
======================================================================


メルマガトップ(記事一覧)へ
| 最新号 |

このページのURL
友達にメールで教える
まぐまぐアーカイブ検索

Web Services by Yahoo! JAPAN

エンターテイメントランキングトップ
まぐまぐアーカイブトップ
sお問い合わせ

姉妹サイト
携帯メルマガ:ミニまぐ
ニュース・芸能:いつもば
ショッピング:まぐギャザ
簡単レシピ:3分クッキング
無料RPG:もりもりクエスト
クサイせりふジェネレータ
まぐまぐ自費出版

(C)まぐまぐ