2008.05.09
インドネシア雑感記第2弾 Vol.13
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インドネシア雑感記 第2弾 : 希多 いくと
Vol.13 2008.5.9(毎週金曜夜配信)
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インドネシアの自然、土地、食べ物、生活、社会などを、エッセイ風の雑感記
として、メルマガにて紹介します。当国の理解に役立てれば幸いです。
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皆さん、こんばんは。
今日は《2.日本にて(東京にて)、から2.8.》をお送りします。
■2.8.便利なものは身体に優しいか? 2003.08.10
今年の夏は盆前に休暇をとり、8月6〜8日にかけ始めて黒部・立山に家族
で行ってきました。
大まかな行程は、大町温泉に2泊。1日目は東京から大町までのんびりドラ
イブし、2日目にお目当ての黒部ダムから立山を散策、朝駐車した扇沢パーキ
ングに戻り、同宿。
3日目は帰路松本城を見学し、美ケ原を経て、多摩市の自宅へ。途中、既に
予約した町内恒例夏キャンプ地の富士見高原に、娘だけを下ろしました。
出かける2日前から台風10号が沖縄に近づいており、この状況だと立山散
策日の7日は当然雲の中か霧の中だろうと思いながら、東京を発ったのです。
当日は早めに大町に着いたので、扇沢の様子やら隣接する高瀬川にも行って
みました。この辺りは全て開発によりマイカー規制があり、奥地へはトロリー
バスやらタクシーでないと入れません。
この黒部ダム・立山は以前から行きたい所だったのですが、高地へのアクセ
スはすべて規定された乗り物でないと行けないことが、今まで二の足を踏ませ
ていた原因なのです。
それでも一度はとやっと決心し、家族4人と母を連れて行くことを5日ほど
前に決めたばかりです。
案の定、便利ではありますが料金が安くはない。扇沢からトロリーバスにて
15分弱で黒四ダムに到着。
その後ケーブルカー、ロープウェー、再度トロリーバスとたった1時間弱で
標高2,400mの室堂高原へ。
大町温泉を8時過ぎに出発し、黒四ダムを散策して10時頃室堂に着いたの
ですから、たった2時間くらいの間に標高500mから一気に2,000m余
りの比高差を登りつめたことになります。
これは確かに便利で、老人・子供でも歩行の可能な誰もが(いや車椅子でも
可能でしょう)高山を楽しむことができるのです。
トロリーバスの案内放送では、その昔山越えに8日ほどかかったのが今では
半日であると、なんとも自慢気のナレーションが入ります。
ともかくも、あこがれの室堂に着きました。
前日に「明日は必ず晴れて欲しい」とお祈りした甲斐もあり、台風の速度は
非常に遅く、天気は上々です。北側の雲に隠れる剣岳を除いて、残雪を谷間に
抱えている北アルプスの山々が一面に見渡せました。
真夏とは思えないほど涼しく、すがすがしい空気が身体を包む。日常を忘れ
る光景が周りに広がっています。
うーん、やっぱり来て良かったなあー。
室堂高原から地獄の方に下りて、比高差50mほどの山道を登る時に妻がバ
テました。10mも登れずに、いかにも苦しそうに休息をとります。
ジャワの平地で育った環境では、彼女は山にほとんど慣れていません。
インドネシアでは一部の山岳民族を除いて、山に慣れている人は少ないでし
ょう、ましてや、重いリュックを背負って登山を趣味とする(ブロモなど信仰
の山は観光地)人もまずいないと思います。
ともかくも、やっとのことで室堂駅付近に戻り着き、辺りに備え付け椅子に
腰を下ろし、早朝にコンビニで買ったおにぎりを皆でほおばりました。
息子とぼくは実に元気だったので、妻たちを残し一路雄山の鞍部を目指しま
した。途中いくつもの雪渓があり、雪融け水はあっという間に小さな沢となり
流れ落ちていきます。
冬場には真っ白い毛で覆われるオコジョも、夏場はこげ茶色の毛に生え変わ
り、素早い動きで足元付近を走り回り、二人をなごませる。
登りはじめて程なく、なんとなく頭が重くなってきているのがわかりました。
最初はコーヒーを飲み足りないせいかなとも思っていたのですが、暫くしてか
ら前方を行く息子に尋ねたところ、同じく頭が痛いとの返事です。
そこで、やっと合点がいきました。便利な乗り物を乗り継ぎ、一気に短時間
で2,000mの比高差を克服した結果の軽い高山病!
そうです。自然を甘く見てはいけないのです。高山では徐々に徐々に高度を
上げ、ゆっくり身体を慣らしていくというのが登山の常識。やはり、山は一歩
一歩踏みしめながら、自分の足で着実に登らなければなりません。
次いでながらぼくの本職は山歩き、地質屋ですから昔ながらの地下足袋でそ
れこそ無名の山を縦横無尽に歩き回る。岩石の露出する沢づたいがメインルー
ト、沢を詰めて反対側の沢に降りたり、滝を巻いて山腹で立ち往生したりとい
ろんな目にあってます。
ちょっと脇道に逸れましたが、開発や環境保全の名を借りた一部企業がこの
素晴らしい高原一帯を独占している。そのように、立山に来てみて感じます。
ほとんど歩かずに、高山を誰でも体験できてしまうからです。それを利用す
る方も悪いのですが、やはり納得がいきません。自然とつきあうには自然を大
事にし、なおかつ自分をも大事にしなければならないのです。
今後は至極便利なものは、極力利用しないようにしよう。そういうことを痛
切に感じた今年の家族夏休み旅行でした。
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【後記】
ぼくの後輩にインドネシアの最高峰に登りたい人がいます。山の名はジャヤ
峰(以前はスカルノ峰だった)、イリアンジャヤで5,030mのこの山は熱
帯にありながら万年雪を頂く。
以前京大の登山隊が踏破し、「ニューギニア中央高地:京都大学西イリアン
学術探検報告1963-1964」(朝日新聞社)にその記録が詳しく書かれています。
北側から望む山容には絶壁が連なり、その山腹はほぼ水平の地層が見られる
堆積岩で、火山ではありません。目にしたことのないジャヤ峰のモノクロ写真
は古いが実に新鮮で、登山ルートの地図も付いています。
未開発地、さらに雨季の探検に当たったためか、計画の変更やインドネシア
隊を含め総勢59名の大部隊で諸々の困難に会い、12月17日エロナタリに
到着してから登頂は実に3月1日となっています。
現在では詳細な測量により山頂の標高は5,000m未満、氷河に非常に厚
く覆われていたためとか。また最高地点も双峰のもう一方のようですが、いず
れにしてもインドネシア最高峰であることに変わりありません。
イリアンジャヤに関する図書としては、先の探検に随伴した本多勝一氏のル
ポタージュ「ニューギニア高地人」(朝日文庫)や、1968年に単独探検を
した西丸震哉氏の「さらば文明人、ニューギニア食人種紀行」(新版、ファラ
オ企画1991年)がとても面白いですね。
では、また来週をお楽しみに。
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