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鶴原顕央の【映画批評と物語構成論】


2008.06.02

映画批評0062「少林少女」(その2)


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■□映画批評と物語構成論0062□■


 前回に引きつづき……


       『少林少女』
         Shaolin Girl (08) 


◇ ◇

 巨大ロボットを素手で倒したという伝説をもつ祖父(富野由悠季)に育て
られた主人公の桜沢凛(柴咲コウ)は、中国本土での3000日の修業を終
えて懐かしき故郷に帰ってくる。
 しかし祖父の道場はすでに荒れ果て、兄弟子たちはみな少林拳を捨てて定
職に就いていた……。

 というストーリーでは、ありません。
 微妙にちがいます。


◇ ◇ ◇

 誌面やネット上ではすでに多くの指摘を受けているように、この映画のス
トーリー展開には「変だな」と思う箇所が多々あります。

 たとえば、少林拳ひと筋であった主人公がワケあってラクロスをはじめる
に至るまでのプロセスは、普通に考えるならば、

 ●主人公が所属することになるラクロス部は、定員割れをおこしており、
  主人公が加入することで、ようやく試合に出場できる。

 ●つまりは交換条件。
  主人公がラクロス部に所属する代わりに、
  ラクロス部のメンバーは少林拳を(いやいや)学ぶ。
  しかし彼女たちは次第に少林拳に魅了されていく。
  と同時に主人公もラクロスの魅力に気づいていく。
  そして互いに相乗効果でリーグ戦を勝ち進んでいく。

 という展開が(模範解答的に)予想されます。

 しかし実際の劇中では、ラクロス部にはすでに17人のメンバーがいて、
試合に出場するのは1チーム12人ですから、この時点で5人オーバー。
 無理して主人公が加入する必要は無いのです。

『少林サッカー』のサッカーの代わりにラクロスを題材として選んだこと自
体に間違いはありません。
 チャウ・シンチー自身は『少林サッカー』PRの来日時に「次は野球がい
いかも」などとリップサービスをしていましたが、少林拳を応用するスポー
ツとして「サッカー」が最良の素材であったのは言うまでもありません。

 サッカーの基本は「足」ですが、キーパーは「手」も使える。
『少林サッカー』ではそこが活かされました。
 サッカーは少林拳と掛け合わせて魅せやすいスポーツであったわけです。

 そのいっぽうで今回のラクロスは、相手の力を受けとめて(受け流して)
そのまま自分のパワーとして投げ返す所作に、ブルース・リーのジークンドー
の精神=「水のように」と同じ理論が応用でき、製作者が「ラクロスにしよ
う!」と思い至ったのも納得できる、恰好の素材であったと断言できます。
 
 しかしながらサッカーのときのように「足」と「手」があるわけではなく、
少林拳と掛け合わせて魅せるアクションのパターンに乏しい。
 そこがラクロスの弱点です。

 もちろん『少林サッカー』のように試合を勝ち進んでいくスポーツ映画と
しての本作の可能性を模索はしたはずです。
 しなしながら「ラクロスで映画を1本つくるのは無理だ」と判断したので
しょう。主人公たちがラクロスで勝ちすすんだのかどうかは本編ではエンディ
ングにおいてダイジェスト的に紹介されるのみです(!)。
 
 とはいえ、ラクロスの基本ルールを紹介しつつのHow to映画としての可能
性もあったはずです。
 そしてさらに、パワーにまかせて独断独走状態であった主人公がチームワー
クの何たるかを知るキッカケが、ラクロスではなくて、サッカーだったとい
う展開は、実際にラクロスをしている人たちに失礼でしょう。

 チームワークを学ぶ環境としてラクロスはサッカーに劣ると誤解されかね
ない、そう指摘されても反論できない展開であり、ここはスポーツ以外の事
柄からチームワークの何たるかを学び、それをラクロスに応用させていく─
─それが常套であったはずです。

 たとえば主人公が足しげく通っている中華料理店で、店長を演じている江
口洋介が「1つ1つの食材はバラバラだけどチャーハンとして調理すると1
つの味にまとまる」といった具合に、スポーツ以外の方法で主人公に気づき
のキッカケを指南していく──そういう展開であるべきだったのです。

 しかし常套であるはずの王道パターンを捨て、新基軸を模索した──とい
う可能性も否定はできません。

 本広監督は今回の『少林少女』を「ファミリー映画」として製作したとい
います。
 であれば、せめて以下の箇所は、古き良き王道パターンのままであってほ
しかったと、観客の誰もがそう思うはずです。

 ●香港映画『無問題』シリーズを経ている岡村隆史は、
  お茶の間のスターでもあるわけだから
  観客の期待を裏切るような役柄で登場するのではなく、
  「無問題!」と叫びながら登場する最強の助っ人であってほしかった

 ●仲村トオル演じる悪の大学の学長は、
  ライバル校の学長として登場すべきであり、
  自分のところの学生を抹殺しようとするのはナンセンス
  放火、誘拐、殺人容疑まであるというのに最後まで逮捕されないのも
  勧善懲悪を善しとするファミリー映画としては相応しくない

 ……とはいえ、
 すべては価値観の問題、あるいは意見の相違なのかもしれません。
 しかしながらライバルの設定と結末が『少林サッカー』とは好対照なほど
に正反対であることに我々観客は留意しなくてはなりません。
 (『少林サッカー』では悪のライバル監督は最後にキチンと罰せられる)

 このちがいはいったいなんなのか?
 それが香港と日本の道徳観のちがいなのか、映画作家としての資質のちが
いなのか、ただ単に『少林サッカー』の模倣を避けただけなのか?

 事態は深刻です。
 この『少林少女』はライトな見た目以上に重い問題をかかえています。


◆ ◆ ◆ ◆


 次回は
  『HOT FUZZ/ホット・ファズ─俺たちスーパーポリスメン!─ 』
    を題材にして、
      「リスペクトすることの意味」を検証します。
   

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