2008.08.04
映画批評0071「スカイ・クロラ」
■□映画批評と物語構成論0071□■
『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』
The Sky Crawlers (08)
◇ ◇
完全なる平和が実現した世界で、その代替行為としての「ショーとしての
戦争」がおこなわれ、「キルドレ」と呼ばれる「永遠に大人にならない子ど
も」たちが、戦闘機に乗り、果てのない日常生活を送っている……。
その特徴的な要素を取り除くと「ライ麦畑でつかまえて」にも似ていると
解釈できるこの『スカイ・クロラ』ですが、その特徴的な要素にこそ意味が
あり、原作小説が映画化され、映像化されたことで、その特徴的な要素の、
ディテールに更に徹底して意味が付加されました。
・「21世紀の映画なのか?」と気になるぐらいにタバコを吸いまくる
=「大人な子ども」であることを特徴づける
=でもいくらなんでも吸いすぎ!!
=だけど「吸うのをためらう瞬間」が数回ある
・ヒロインの草薙水素は「パイロット」なのに眼鏡をしている
=だけど「眼鏡をはずす瞬間」が数回ある
・女性キャラクターの顔が似ている(草薙水素と娼婦のフーコ)
「見分けがつかないじゃないか!」という不満
=フーコがサングラスをかけて立ち去ると、
草薙水素がサングラスをかけて現われる
=つまり意図して「顔を似せてある」
・あきらかにヨーロッパをイメージした英語圏の物語なのに
劇中人物が熱心に日々「読売新聞」を読んでいる、その違和感
=「読売新聞が製作した映画だから」
=「タイアップだから」
……というわけだけではなく、
これはおそらく「日本映画だ」ということの証明としても
機能していると思われます。
言い換えるならば「日本映画としてのアイデンティティー」。
たとえ勝手な翻訳で登場人物の名前が替えられることがあった
としても、画面に「読売新聞」が映し出されつづけることで、
これが「日本映画であること」を刻みつづけるのです。
(※同じ押井監督の、ポーランドを舞台にした『アヴァロン』
(01)でも唐突に日本書が登場→これもおそらく同じ理由)
→「ガンダム」にしろ「マッハGoGoGo」にしろ、
アニメは「無国籍」で「反政治的」であることに意味があるいっぽうで、
映画は逆に「どこの国で作られた映画であるか?」に意味があります。
日本映画なのか?
ハリウッド映画じゃないのか?
そのためにはアイデンティティーを刻印する必要があるのです。
◇ ◇ ◇
とはいえ、これらはディテールであって、この映画が真に「意味したいも
の」ではありません。
この映画のキャッチコピーは
【もう一度、生まれてきたいと思う?】
であり、宮崎駿の『もののけ姫』(97)のかの有名な
【生きろ。】
あるいはそれを真っ正面に受け止めて怒りに吠えた富野由悠季のTVアニ
メシリーズ「ブレンパワード」(98)のキャッチコピー
【頼まれなくたって生きてやる】
はたまた本作と同時期公開の宮崎駿の『崖の上のポニョ』(08)の
【生まれてきてよかった。】
に奇しくも繋がる、【生きるとはどういうことか?】系の、生きることの
意味を観る者に問うアニメだと分類することができます。
それはこの映画の特報第1弾の「僕は今、若い人たちに伝えたいことがあ
る」というメッセージからも明白です。
(参照URL:http://sky.crawlers.jp/tsushin/trailer/)
そしてもちろんそこには「答え」はなく、観客がこの映画を観てどう感じ
たのか?──宮崎駿の『もののけ姫』を観て「これは自分の話だ!」と思っ
て「生きよう!」と思う人はきっと少ない(※時代劇だから。話の展開がデ
カすぎるから)、しかし現代日本の日常生活をトレースして微妙にズラした
この映画の世界からならば「これは自分の話だ!」と思って「生きよう!」
と思う人がいるかもしれない──監督がこの映画のストーリーに賭けて真っ
向勝負に挑んだことだけは想像にかたくありません。
しかし、この映画に込められたメッセージは、これだけではないのです。
この映画には二重の仕掛けが施されていて、物語の展開とは別の次元で、
「アニメとは何か?」を問い掛けてもいるのです。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ということで、
次回も引きつづき『スカイ・クロラ』!!!
Point:「アニメとは何か?」
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