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19歳ピアノをゼロから始めたジャズピアノ弾き自叙伝


2007.09.03

19歳からピアノをはじめ、32歳でジャズのイベントにピアニストとして出演するまでの全記録。


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★19歳ピアノをゼロから始めたジャズピアノ弾き自叙伝★ 第3号

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「大人からのピアノ人生」
http://homepage2.nifty.com/sonatas/

サイト管理人、加藤ミノルがお届けいたします。

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さて、前号にて、私が原始人のようなコンセプトでピアノに向かいはじめたお話をさせていただきました。

■指使いを覚えるために、プロミュージシャンのビデオに映っている手元を、テープが擦り切れるほど見る。
■楽譜の読み方は、CDを何百回と聞き、感覚をつかんでいく。

などなど、このような独学のスタイルを、2年ほど続けておりました。
この頃はただ、ピアノを弾くことが楽しくて楽しくてたまらず、世の中にこんなに面白いものがあったのか!?と、驚嘆するばかりの毎日で

ピアノに向かう時間も多い時には、7時間以上ということもザラでした。

しかし、基本ができていなかったこと、手や腕に過酷な負担を強いる無理な演奏をしていたため

ある日を境にひどい腱鞘炎になり、果ては鉛筆も握れなくなってしまい
クルマのハンドルを握っている最中も、腕がしびれ続け、まともに握ることができなくなったのです。

これはヤバイ!と思い、近所の整形外科に行って診察をしてもらうと

「頚腕症候群」という病気にかかっていたのです。

この病気でピアニスト生命が絶たれた人もいるくらい
重度になると、ピアノが弾けなくなり、日常生活も困難になる危険な病気なんですが、今はすっかり治っているので

ピアニスト生命を絶たれたような人と比較すれば、あれでも軽症だったのでしょう。

でも当時は、腱鞘炎で痛む指、常にしびれる腕、強い痛みが走る肩や首などのおかげで、生活が困難になり、仕方なくピアノを弾く量を減らすことにしました。

ピアノが弾きたいがために、早く治って欲しくて、必死に整形外科の治療を受けに行ったものです。

そんな折、母親の高校時代の後輩の男性から

『ピアノが好きだったら、ジャズの生演奏を聴きに行ってみないか?』と言われ、誘われるままについていくと

そこは大阪のど真ん中にある

「ミスターケリーズ」
http://www.misterkellys.co.jp/
というジャズバーでした。

そこではじめて、プロピアニストの生演奏というものを真近で見聴きしたわけです。
その時のパワーと躍動感あふれる生きたリズム、聴く者を圧倒するすごみのきいた、しかし繊細で美しいサウンドに、いたく感動しました。

さて、この人たちはどんな譜面を使っているのだろうか?
と譜面台を見ると、譜面台には何もない。
紙きれ一枚もないのに、お客さんのリクエストに応えながら、バンバン何十曲も演奏していく姿に、しばし呆然としておりました。

「世の中にはこういう世界があるのか」と。。

しかもそれが「即興」であるということを聞かされ、ひっくり返りそうになりました。

「ええええ!!!あんなまとまった演奏が全部即興やってぇぇ!!??」

それから次第にジャズに対して興味を持つようになり、当時乗っていたボロのシビックに鞭打って、毎週ライブハウスに一人で通

うようになりました。

お金がなかったので、ウーロン茶一杯で、8時間もねばるという、とんでもなく悪質な客。

しかも一番前の席を陣取り、周囲の懐の暖かいおじさんたちに気兼ねすることもなく、いろんなミュージシャンの演奏を、かぶりつきで聞きに行くようになりました。

そしてしばらく経つうちに
「いつかは自分もジャズピアノを即興でカッコよく弾けるようになりたい」という気持ちが芽生え始めたのです。

当時のミスターケリーズの店長さんは

お金をたくさん使ってくれるお客さんよりも、しっかり聞いてくれるお客さんを大切にされていたようで、僕も随分と大切にしていただきました。

なんせウーロン茶一杯で8時間もねばる客に

「次はこのライブに来て欲しい」なんて言ってくれるんですから、当時、社会で居場所を失っていた私としては、ホッとするよう

な心の居場所を見つけたような嬉しさもありました。

こうして通い続けているうちに、

「いつも一番前の椅子に座って、お茶一杯でねばり続け、休憩中に必ず本を読んでいる男の子」という評判がたち

関西のプロミュージシャンに顔を覚えてもらうようになり、次第に親しくお話させていただくようになりました。

彼らとお話をした一時、そして彼らの人生観から学んだことは、その後の僕の人生を大きく変える素晴らしい先生たちでもありま

した。

彼らからは「人生は楽しんで生きるもの」という価値観、そして「やりたいことはとことんやってみること」を演奏を通じて教えてもらったような気がします。

さて、そうしていろんなミュージシャンと親しくさせていただているうちに、素晴らしく透明感のある演奏をする女性ピアニスト

と知り合いになりました。

いつしか彼女に対し、強い恋心を抱くようになり、猛烈な片想いの苦しい日々がはじまります。

このお話は次回にたっぷりしてみたいと思います。

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編集後記

今回は、独学でピアノを弾いていくことに無理があったことをはっきり自覚し、これからどうしていこうか?
という過渡期に出会った、ジャズという音楽に魅力を感じ、僕がどうかかわっていったかのお話をさせていただきました。

足蹴しく通っていたライブハウスは、お金持ちが多く、よくもまぁ、ウーロン茶一杯で8時間もねばることができたものだな。

とあきれてしまいます。
(^ ^;;

このライブハウスは、大人の世界、不倫と思しき中年男性と、若い女性がイチャついているなどという光景は日常茶飯事でした。

まだ女性とも付き合ったことがなかった自分からすれば、未知なる世界で、はるかかなたの雷雲を見ているような気持ちであったことを思い出します。

これが僕のジャズとのファーストコンタクトでありました。

次回からはもっと内容が濃くなりますので、よろしくお付き合いください。


★発行者★

「大人からのピアノ人生」
http://homepage2.nifty.com/sonatas/
サイト管理人 加藤ミノル 32歳

andras@mail.goo.ne.jp
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