2008.05.01
『 時代遅れ 』
* *☆☆***☆☆***☆☆**☆☆***☆☆**2008年5月1日発行【No.028】**☆☆***☆☆**
〓授業は俺の命や〓 僕はこんな授業をしてきた
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【 タイトル 】
『 時代遅れ 』
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教師は、時代遅れであって欲しいと思う。
けれども決して世間知らずになってはいけない。
最近よく数ゼミの保護者から、授業参観の惨憺たる様子を聞かされる。
一番多いのは授業参観中子供たちが立ち歩いても、担任の先生が
全然注意をしないということだ。
一体どうなってしまっているんだろうと、思ってしまいます。
なぜ、立ち歩いている子を叱って躾けられないんだろう。
何に遠慮して、子供たちに言わなくてはならない事を
言えなくなっているんだろう、と思いました。
昔なら、授業中にちゃんと静かに座らせるということは当たり前でした。
もちろん、やんちゃな生徒は立ち歩いたものです。
でもそれをそのままに放っておくということはありませんでした。
そんな教師は、教師失格だと思っていたし、それは今も
当たり前のことだと思っています。
その当たり前のことが、なぜ出来なくなってしまったのか。
どんな教育論が邪魔しているのか、知りたい気持ちでいっぱいです。
このことに限らず、昔の常識が今の非常識になっているように思います。
けれども客観的に見ても、その現在では非常識となった昔の事の方が正しくて
今の常識の方が間違っていることは、子供たちを見ていると
明らかなのではないでしょうか。
我々教師の世界でも、新しいやり方に目を奪われ、新進気鋭の教育論を
取り入れていくことが、教育を進化さすように思えたりしますが
例えそれがすばらしい教育論であっても、自分というフィルターを通して
吟味してから自分が自信を持って生徒に関われる方法でないと
取り入れるべきではなかったんだと思います。
正しいことは正しいこと、真理は何年たっても変わりません。
時代の変化によって、表面的には形を変えるかもしれないけれど
本質は何ら変えてはいけないんだと思います。
人権を無視した体罰、旧態依然とした非効率な方法、教師が楽をするために
権威を振りかざすなど、教師の良心で切り捨ててしまえることは
どんどん切り捨てていけばいいんだと、思います。
けれども自分が勝ち得た本物の教育まで、むやみやたら過去のものとして
いかがなものかと思います。
改めて言います、教師は時代遅れであって欲しい。
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授業は俺の命や〜僕はこんな授業をしてきた〜
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