2008.05.05
澪温泉物語 貝原 潤
藤田と山隅がボールを敵から奪っては2人にボールを回す。するとすぐボールをバスケ
部の先輩に奪われ、それを前へとパスをする。そこには後ろにいた峰岸がキーパーの前
あたりにいて少し強いパスを大きく蹴る。洋一はそのボールをさっき習った胸のトラッ
プをしてみようと思い、胸を張るとボールは胸にあたって大きく弾んで山城の前に行
く。山隅が叫ぶ。
“体を引いて、ボールは胸の正面でボールの勢いを殺してトラップせんば!!”
山城は少しドリブルをして、大きく足を振りかぶって長いシュートを打った。いわゆる
ロングシュートだ。藤崎は今度は横っ跳びでボールを掴もうとしたが、その手をはじい
てゴールの隅へと突き刺さった。
“いかん。ボールが大きすぎる。”
藤崎が叫んでいる大分前で、山城は両手をあげて叫んでいる。
“やったー!!”
山隅と藤田がゴールをゲットしたのに落ち着いていたのに対して、高校生の山城の騒ぎ
方が大きかったのが、洋一は不思議に思った。山隅と藤田が新入生にパス出しをするだ
けで攻めなくなったので、試合はそれから膠着した。
”さあもう風呂に入らんと、飯に間に合わんぞ!!“
と言う山城の発言を境に、試合は2対1で終了し、各々の部室に戻って着替えをしよう
とした。洋一は汗びっしょりだった。藤田はいった。
“そのユニフォームは着たままで、着替えを持って風呂に行こう。風呂は1階にあるか
ら。”
寮は中学生の寮が2つと、高校生の寮が1つあった。学年が上がると寮を嫌って下宿す
る人が増えてくるからだ。火の国学園はいわゆる天草四郎の流れをくむ隠れキリシタン
である米田康光が、明治の中ごろに西洋の支援もあり創立した伝統校である。キリスト
教のカトリックで、日本では旧教と言われているものである。中学生を毎年100人、
高校生を更に100人募集し、中学校から入ってきた者にとっては6年間の一貫教育を
受けるシステムとなっている。全校生徒は約900人で、文武両道のヨーロッパスタイ
ルの教育を徹底している。洋一たちの入寮している寮は、中学生だけの寮で小崎寮とい
う。小崎という名前は伊達政宗がスペインへ送り込んだヨーロッパ派遣団のうち、13
歳のカトリック信者であった小崎氏の名前から取った寮である。寮の風呂は1階にあ
る。205号室(2階)に着替えを取りに戻るとバスケ部の中2の人も一緒にいて、
“粕谷君、磐田君よろしくね。俺、同じ部屋の山田洋て言うとたい。よかったらバスケ
ット部も入部の候補にあげ取ってくれよな。”
と声をかけた。
磐田が言った。
“俺らはサッカー部にきめましたから。”
まだ決心していない洋一は、
“いえ、僕はまだ決めてませんが、野球部とかはないとですか?”
それに声を合わせて、山隅と山田が答えた。
“野球は盛んなのは日本とアメリカだけだけん。ヨーロッパでは殆どせんとだけん。”
どうやら野球部はないみたいだった。
磐田が、
“粕谷君そないなこと言わへんで決めようぜ。”
ちょっと変わったアクセントでなれなれしく言ってきたなと洋一が思っていると、
“俺は、磐田健いうねん。健と呼んでくれや。”
と言ってきたので、
洋一は尋ねた、
“関西出身なの?”
と聞くと、
“大阪と、静岡にいたねん。熊本にはお婆ちゃんがいてはるねん。”
“僕は洋一。小学校の時はみんなようちゃんと呼びよったけど”
山田が、
”そりゃあいかん。俺もようちゃんだけん。でも先輩にはここではさんずけじゃなかと
いかんとばい。君のことは洋一と呼んでよかね。“
“よかですよ”
と洋一が答えると、山隅が、ニコニコ笑って言った。
“まあいろいろ規則があるけん。今日の7時の点呼の後、先輩からいろいろ言われるけ
ん。
でもそがん気にせんでよかよ。かなりきびしかことば言うけど、軽く聞き流せばよかけ
ん。“
“山隅さん。俺も言うとですけん。ちゃんと聞くように言わんと困るけん。”
“でも体育系のクラブに入ると、各々の部はしつけがきびしかけん、ちゃんと礼儀正し
くなるけど、しつけにゃならんとは体育系のクラブに入らんやつらやけどなあ。”
などと話しながら行くと一階の奥に風呂場が見えた。風呂は食堂の横にあり、食堂と風
呂場の間に洗濯場がある。そして風呂場の更衣室には汚れた洗濯物を入れるケースと洗
濯がすんだものを入れるケースがあり共に両方から引き出せるようになっている。更衣
室の裏側は食堂の調理場にも通じていて、洗濯と料理を受け持ついわゆる寮のおばさん
たちがいる部屋でもある。
“このケースに洗濯物を入れるとよかけん。ユニフォームは部屋と名前が書いてあるけ
ん持ち主の部屋に洗濯後洗濯配り当番の人から配ってもらえるけん。下着とかにはちゃ
んと部屋番号と名前は書いてあるやろね?”
“名前と部屋番号はきちっと書いとくように連絡が入ってます。”
と話しながら、いろいろ教えてもらえる山隅先輩がだんだん気にいってきて洋一は大分
サッカー部に入ろうかなと思い始めた。しかしバスケットもいいな。と思っているとそ
の気持を見透かしたかのように、
“今日サッカーしたけん。明日の放課後バスケットばしてみらんね。”
と山田が誘いかけてきた。
山隅がびっくりして、
“明日はいけんよ。入部紹介の直後になるけん、入部者と思われ強引に入部させられる
かもしれないから。”
“ばれたか!”
山田が陽気に笑う。
裸になって4人が風呂に入ると、風呂場には広い浴槽があり周囲にはシャワーが10程
ついていた。3人ほど湯船には人がいた。その中の1人はキーパーをしていた藤崎だっ
た。
山田が言った。
“藤崎さん。先ほどはどうも!。でも藤崎さんがキーパーじゃなかったら俺たちが勝っ
とったんですけど。”
すると藤崎は、
“山隅すまんかったな。ハンドボールならば点ば取られとらんだったんだけど。サッカ
ーボールは何せおおきかけん。あんまり慣れとらんたい。”
“よかよ!2対1で勝っとるし。今日は2人ば見るための試合だったけん。それにして
も磐田君はうまかったなあ。大分しとっとだろう?“
“はい4年くらいしてました。何せ静岡はサッカーどころですから。”
洋一には初耳だった。静岡はサッカーが盛んなのだろうか?
そういえば練習の時から、
“磐田君はうまいねえ。”
と山隅は言っていたようだ。慣れてないサッカーに一生懸命だったので洋一はあまり気
がつかなかった。
澪市では、洋一たちは集まってよく野球をしていた。西鉄ライオンズが大好きだった洋
一は豊田選手をまねてすすんでショートストップをしていたものだ。特にピッチャーに
うまいやつがいない場合は,稲尾のまねでピッチャーをすることもあった。人数がそろ
わないとき遊びでサッカーをすることはあったが、人数が集まるとすぐ野球に変わっ
た。当時、
多くの中学の野球部は練習が厳しく、その中から優秀な選手が有名高校の野球部に行
き、甲子園に出て名前をあげ、プロ野球に行く話を洋一は大人からたびたび聞いてい
た。ただ練習が並大抵では無いことや、才能も多く必要だということもよくわかってい
た。だから中学生になって野球をしようとは積極的には思わなかったが、やりたい気持
ちも少しはあった。
“山隅さん。さっき言った。野球はアメリカと日本だけという話はどげんか意味です
か?”
“ああ、うちの学校はカトリックやけん。フランスやイタリア、ポルトガルやスペイン
の宣教師、ブラザーがいるとたい。もちろんアメリカ人もおらすけど、ヨーロッパの思
想が強かとよ。”
“ヨーロッパでは野球はせんとですか?”
゛殆どしとらんとよ。そしてどこでもサッカーが盛んなんだよ。サッカーは歴史と伝統
が大事で、アメリカに渡った人たちはサッカーではヨーロッパに勝てないからアメリカ
ンフットボールを作ったつばい。“
と教えてくれる。さらに磐田が付け加える。
“南米でもものすごく盛んで、特にブラジルとアルゼンチンは群を抜いてるんでっ
せ。”
その言葉に反応して、
“コロンビアやチリ、ボリビアやウルグアイも強いぞ!!”
と湯船の湯けむりの中から誰かが言った。
山田が言う。
“あっ藤田か?おまえはやかったな。”
藤田はさらに続けた。
“ヨーロッパでもフランス、ドイツ、イギリス、オランダも強いぞ。まあヨーロッパは
どこでも強いけどな。とにかくアジアはどこでもサッカー劣等国ばっかしだ。”
さらに続ける。
“日本も同じだよ。しかし我々が強くしていかねばならないんだ。”
藤田の熱弁に山隅は、
“藤田!今はこれくらいにしておけ。だいたい藤田はサッカーの話を始めたら止まらな
くなるからなあ。”
“山隅さん。先にあがって飯ばくっとくけん。小島たちとの新入生の説教の打ち合わせ
もあるけん。”
“新入生の説教?”
磐田が素っ頓狂な声を上げる。
山田が答える。
”さっき話した。7時の点呼が終わったあとのことたい。2年生中心で1年生に礼儀と
か先輩を敬う話をするとたい。俺も少し話すけん。“
山隅が言った。
“中学の寮生で、2年生が中心になって1年生に挨拶とか礼儀を教える集会があるとた
い。
僕たちが2年の時やめようと僕は言ったんだけど、谷木達がどうしてもやりたいと言っ
てずっと続いているとたい。“
山田が、
“3年生は谷木さんだけが出席されるんだが、谷木さんは空手部のキャプテンで見るか
らに怖そうな人ばい。”
そういう話をしながら風呂からあがり、いったん4人は205号室に戻った。
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