2008.05.31
澪温泉物語 貝原 潤
その頃、藤家 博は中庭でじっと考えていたあと、空手部へと乗り込んでいった。空手
部では小島が、新入生と段取りをしているようだった。しかし、どう見ても小島があし
らっているように見えた。
“おい!喧嘩はだめなんだろうけど、空手の稽古だったらよかろう。ちょっと、谷木
よ!稽古つけてくれや。”
これには小島が驚いた。
“おい藤家、谷木さんは全国中学選手権で優勝してるんだぞ。まあ、俺もベスト8に入っ
てるんだけど。小学生の時とは全然違うとやけん。”
ちょっと考えて、
“おい、大門君ちょっと、この藤家に空手を教えてやってくれ。”
と今練習中の新入生に声をかけた。
“なんや、俺は谷木か小島としたかったい。”
“谷木さん、小島さんやろ!”
そうすると谷木が声をかけた。
“大門として見ろや。もし勝ったら俺が相手になってやるけん。ただし、大門は長崎県
の小学生チャンピオンばい。火の国学園の名声を聞いてわざわざやってきたっだけん
ね。”
大門に勝てば谷木が相手をしてくれると聞いて、藤家はうなずいた。
“まず空手着に着替えて来い。”
わざわざ小島が付いてきてくれて、空手着を出してくれた。
“無理すんなよ。”
好意的に言ってるのだが、藤家は気が食わない。
“ふん!”と言って空手着に着替えた。
空手の練習と言うことだが、ぶん殴ってやる。
と思っていた。
しかし練習を始めると、まったく自分の出すパンチや、蹴りが当たらない。それどころ
か、軽くビンタや軽く胸を突くのに、藤家は激高した。
足や、腕が激しく振られる、そうなればそうなったでますます、軽くあしらわれる。
さすがに藤家は、疲れてきた。それとともに力の差を感じた。この男を軽くあしらって
た小島の強さは計り知れない。
藤家は攻撃をやめて、谷木に聞いた。
”何で、全国で一番強いやつが山隅には負けるんだ?“
そうすると谷木は、
”藤家、お前は手より足の力が強いのは知ってるな。奴の足のキックの速さは目にも止
まらないくらいなんだ。つまり俺たちのキックとスピードが違うんだ。“
ぜーぜーと息を切りながら、藤家は着替えて寮へと帰って行った。
小島が心配そうに見送っている。藤家は谷木、小島が大きく成長しているのに、自分が
ちっぽけなままなのが腹ただしかった。そのまま部屋に帰り着替えを取って風呂に入っ
た。風呂からあがると洋一がいた。着替えを取りに行った時もいたようだが、意識して
いなかった。藤家は声をかけた。
“おい!粕谷。お前、かすのような名前やなあ?”
“なんてや。”
゛かすんごたる名前やなあっていいよっとたい。“
“・・・・・”
゛そうやお前おれの子分にならんや?他の奴からいじめられた時守ってやるけん。“
洋一はなんてことを言っているんだと腹が立ったが、
“親分子分て言うのは好かんけん、友達ならよか。”
と言ってもしかしたら喧嘩になると思ったが、意外にも藤家は嬉しそうにほほ笑んだ。
゛じゃあお前と俺は友達だけんな。“
ちょっと不気味だったが、自分が言い出したことなので、
“おお!僕たちは友達たい。”
そして小学校の時の話や、藤家には、子分はたくさんいたが友達は初めてなどとの話を
していたら、5時過ぎたので2人で夕食を食べに行った。食堂は、部活をする人たちはま
だ遅いので、ガラガラだった。すき焼きが皿に置いてあったので、肉が多くておいしそ
うなのを2つ選んで、おばさんからご飯をついでもらって食べた。おばさんが、粕谷の顔
を覚えていて、
山隅君とこの部屋の子やね、すき焼きあまっとるけん、ご飯の上にかけてやろうか?“
“お願いします。この子も同じ部屋だけんかけてやってください。”
すき焼きをかけてもらって、藤家はなんだか楽しそうだった。
゛俺、母親が忙しくて、ばあやと一緒にしか食事ばせんだったけん。こがんして一緒に
食べるだけでも楽しか。“
楽しい食事を終え、2階へ上り、部屋でベッドに腰掛けて話をしていた。
梶原が部屋に入ってきて、2人が話しているのを見てぎょっとしたが、そのまま黙って自
分のベッドに上り、レコードをかけ始めた。
レコードは何語かわからない言葉で、ナントかカンとかクワニドセー、ドセー、とえら
くドセーが目立つ曲だった。洋一は、
“梶原さん、なんていう曲ですか?”
と聞くと、
“シルヴィー バルタンのアイドルを探せという曲たい。”
藤家は何か気に入ったらしく、
゛ラピュドレクワニドセー。ドセー“
と、面白がっている。
梶原も気を良くして、
“いい曲だろう。この夢見るシャンソン人形もいいぞ。ちょっと聞いてみろよ。”
タンタンタンタンタンタンタンタンシャンソンタタタターとまた何語かわからない言葉
が出てきた。
“シャンソンだからフランス語だ。”
洋一が言うと、
“そうそうフランスの歌手だ。”
梶原が答える。
゛やっぱりグリークラブとかいう人は、国際的な音楽が好きなんだなあ。“
と思っていると、
“梶原さん。ほかの曲はなかですか?”
と藤家が言った。さんずけされたので、梶原も気分良くなって、
“よし、じゃーあなたのとりこを聞かせてやるけん。”
と言って、シルヴィーのあなたのとりこのレコードをかけた。これもまたいい曲だっ
た。
洋一も藤家もすっかり気に入ってしまった。
゛俺はもうこの曲のとりこになったばい。“
今朝まで、すごく恐ろしかった藤家のこのへんな洒落に、梶原と洋一が大いに笑った。
ちょうどその時小島が空手着のまま、心配そうに入ってきて本当にぎょっとしたようだ
った。
“藤家お前、人と仲良くできるとやなかか?”
゛おう!俺は粕谷君と友達になったけんな。“
その言葉に、小島は涙を流さんばかりに感激して、
゛ずっと友達になってくれな。こいつは、小3の時、建築会社の社長だった父親がやくざ
ともめて、ナイフで刺されて、亡くなられてからもうずっと喧嘩ばかりで、後の社長を
継いだお袋さんもずっと気にしていたみたいなんだ。“
あなたのとりこがバックグラウンドミュージックがかかっているため、藤家は黙って聞
いていた。そこへサッカーの服を着たままの山隅と磐田がやってきて、磐田が、
“おい洋一すごいぜ!!ブラジル人が2人入部したぞ。とてもテクニックがすぐれてるん
だ。これは、中学で県で優勝できるでー。”
山隅が、
“これで藤田の言う真のストライカーが一人いてくれたらな〜”
と言って、さらに
゛ちょうどいいから、磐田、風呂場に行って藤田を捕まえて呼んできてくれ。“
何がちょうどいいか洋一は分からなかったが、すぐに藤田がやってきた。風呂に入る前
に捕まったようだ。
”おお!ちょうど小島がいた。この子が噂の藤家か!“
サッカーのことしか頭がない藤田は恐怖とか縁がないようだ。
“サッカーはなチームワークが大事なんだが、一人だけ考え方が全く違う奴がいるん
だ。それは不良が一番いいんだ。”
いきなり不良と言われて藤家は怒るだろうと洋一は思ったが、藤家は黙ったままだ。
“不良がすごいストライカーになるんだ。それは、俺とか、山隅ではだめなんだ。弱い
チームには勝てるが、本当に強いチーム同士では、考え方の全然違うストライカーが必
要なんだ。藤家サッカー部に入ってくれ。”
ジーと考えていた藤家は静かに答えた。いつの間にか音楽は又アイドルを探せになって
いた。クワニドセーの時、
“粕谷君が入るならおれも入る。俺たちは親友やけん。”
“いつの間に親友になったのか?”
と洋一は思ったが、とてもそれを否定する度胸はなかったし、サッカー部に入らない理
由もどこにもなかった。とても山隅を尊敬してきていたし、
゛どうせ僕はレギュラーにはなれないだろう。熊本県1でも全国1でも目指してくれ。ま
あ俺はのんびりやるぞ。“
と思い、
゛じゃーはいります。
と答えた。これが、洋一の3年間のサッカーずけの運命の始まりであった。
”良かった、良かったじゃー風呂に行こうか?“
と言って、山隅、小島、藤田、磐田は連れ立って風呂へと行った。
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澪温泉物語
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