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澪温泉物語


2008.06.21

澪温泉物語              貝原 潤


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電車の中で洋一は恐る恐る聞いてみた。
“あのーワールドカップって何ですか?”
藤田が答える。
”4年に一回の世界一サッカーの強い国を決める大会だよ。日本はまだ一回も行ったこ
とがないし、プロもないからわからないかもしれないけど、ヨーロッパや南アメリカで
はオリンピックより人気があるんだぜ。“
洋一は、オリンピックより人気があるというのは信じられなかった。ちょっと不審な顔
をしたのを、湯来が見かねて、
”ブラジルでは、オリンピックの何倍も盛り上がります。プロの最高の技を持った選手たちの集まりですから。“
さらに藤田が付け加える。
“ヨーロッパでも、各国が予選に勝ち抜いて、本戦に出るのさえ大変なんだから。日本
なんて一回も行ったことがないんだぜ。いつも予選で負けてるんだ。”
藤家が、
”サッカーって奥深いんですね。“
とつぶやいた。宮崎がうなずく、さらに洋一が聞いた。
”サントスって何ですか?“
カルロスが答える。
“エドソン、ツマリ、ペレガイル、ブラジルノプロノクラブデス。”
藤田が一人で説明しなくてもサッカーをよく知っている2人が変わり変わりに答えてく
れるので藤田は嬉しそうだ。今までは、藤田はサッカーの事を一人で説明してたので、
サッカー気違いとか言われていたが、これからはやっと3人になるかと思った。サッカ
ー部の中にもワールドカップや海外の事情を知っているものは少ない。当時はそういう
時代だった。それどころかオリンピックのサッカーも翌年東京オリンピックを控えてい
るのに日本にチームがあるのかも洋一は知らなかった。何かとびぬけた話をしていたの
で、ものすごく申し訳なかったが洋一はさっきよりもっと恐る恐る尋ねた。
”オリンピックにサッカーはあるんですか?“
そういうと、ここは自分しかわからないと思い藤田が、
“日本ではそんなにサッカーが盛んではないので、3年前からドイツのクラマーさんを
呼んで、サッカーを鍛えてもらってるんだ。俺は父が外交官で、スペインやイギリスを
回っているからサッカーについて詳しいし、火の国学園もヨーロッパ系のカトリック教
なので、サッカーのレベルは高いが、まだ日本では、君のような考え方が一番多いと思
うよ。東京オリンピックでサッカーが勝ち抜けば、割と皆興味を持ってくれるが、まあ
ーそれは無理だろうね。グループリーグさえ勝ち抜くのは難しいよ。サッカーってそん
なに甘くないからね。しかし、オリンピックのサッカーはアマチュアだから日本がプロ
の出るワールドカップに出るのは、俺たちが生きているうちは無理かもしれないぞ。”
と言っているうちに、電車は火の国学園前に止まった。
”俺たちがいっぱい練習してうまくなりワールドカップに出ようぜ。まずその前に熊本の中体連で優勝な!!“
と藤田が言ったので、その雰囲気にのまれながら、電車を降り、部室で新しいサッカー
着に着替え、新しい靴を履いて練習に励んだ。藤家の目がものすごく鋭くなっていたの
に洋一は気ずかなかった。練習後のミーティングで藤田が言った。
“お土産に、宮崎の勧めで蜂楽饅頭を買ってきたので、希望者は、山隅さんの部屋で食
おうぜ。山隅さんの部屋はサッカー部が4人もいるから大丈夫だろう。俺は今日はじめ
て食ったがうまいぞー。”
練習中に山隅の許可は得ていたみたいだった。土曜日だから、4時半ごろだった。
風呂に入り、山隅の部屋に集まったメンバーを見て洋一は驚いた。
山隅、但馬、宮下、横山、木下、阿南、稲嶺、後藤田、澤近、高田の3年生、藤家、磐
田、湯来、カルロス、吉田、境、川崎、田端の1年生、2年生は藤田だけだった。宮崎
は、
”俺はいつも食べているから抜けるわ。“
と言って、帰って行った。
“何で2年はいないんですか?”
とはさすがの洋一も聞けなかった。
“藤田は2年では浮いているのかな?”
とひそかに思った。
梶原が一人、部屋で、例によってシルビーバルタンのアイドルを探せを聞いていた。
藤田が、人数を数えて、
”梶原、お前は蜂楽饅頭を食べたことがあるか?“
と聞くと、
“ああ、上通りにあるやつやろ。甘くてあんまり好きじゃなかばってん。”
と言ったので、
”じゃあ俺と半分ずつでいいな。俺は半分だけん白餡ば食べるな。“
と言い、白餡の饅頭を半分ずつにして、半分を梶原に渡した。その後思い思いに饅頭を取ると、黒あんが一つ残った。藤田は、
”それは山田に残しとってくれ。あいつは甘いのが大好きだから。“
と言ったので、隣にいた山隅が、小声で、
”藤田は同級生の中で山田とが一番仲のよかつばい。“
と言ったので、洋一は、
”やはりサッカー部には友達はいないんじゃないか。“
と思った。
後藤田が、
“まだ馴染んどらんけん。1年生ば使うとできんし、藤田は出資者やけん俺がお茶ば持ってくるけん。澤近、高田手伝えや。”
と言って立ち上がり、1階の食堂からお茶を21人分持ってきた。持ってくる途中で、
山隅が、
“あの今しゃべった後藤田がうちの正キーパーたい。もう一人2年生にいる南が副キー
パー。できれば1年にもキーパーがおったほうがよかばってん。運動神経つまり反射神
経がよくて、勇気のあるやつがいいけど。”
と言うと、1年の田端が、
“僕は、地域のサッカークラブではキーパーをしてました。反射神経がよくて勇気があ
るかどうかはわからんばってん。”
と言ったので、
“まだ1カ月くらいしてから決めるけんそれまではフィールドで練習しとってくれ。フ
ランシスコ先生にも言っとくよ。だいたいキーパーはフランシスコ先生が決めるけん。“
と山隅が言った。さらに、
”実はフランシスコ先生はキーパーをものすごく大事にして、キーパーで試合は決まると言わすとたい。俺はそがん思わんばってんが。“
と付け加えた。
お茶がきて、みんな饅頭を食べ終わったころに、副キャプテンの但馬がおもむろに口を利いた。
”ところでブラジルから来た2人はどうしてここに来たつね?“
と聞くと、湯来が、
”実は俺たちブラジルの2軍ではうまいほうですが、常にレギュラーではないんです。
俺のおじいちゃんが、日本ではレギュラーどころか、2人とも県でもトップクラスの技
術を持っているだろうと言ったので2人とも日本のおじいちゃんの出身県である熊本に
来たんです。ちなみにおじいちゃんは南関出身で、日本政府の勧めでブラジルに移民し
てきたのですが、完全にだまされたと言っていました。ブラジルでは奴隷制が禁止さ
れ、黒人がいっせいにコーヒー栽培で使われるのをやめたので、コーヒー園が人手不足
になり日本人を安く雇うために移民を引き受けたのだそうです。ものすごくひどい生活
をしてたんですが、ちょうど長くいるカルロスのおじいさんが、コーヒーを作る監督だ
ったのだが、自分たちも差別されていたのが相当嫌だったそうで、日本人を差別する自
分たちも嫌になって、おじいちゃんたちと独立してコーヒー園を作り経営者グループと
してみんな豊かになったんだそうです。俺とカルロスは生まれた時からずっと一緒で、
うちに来て日本語を話しているうちに日本語も上手になり、日本でサッカーをすればレ
ギュラーになれるなら絶対に行くと言って日本行きを決めたんです。“
みんないっせいに、
“ほおーー”
と言う声を出した。藤田は感激して、
”絶対に中学で優勝しような!!。“
と言った。洋一は何回もこの言葉を聞いているような気がしていた。
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  澪温泉物語
    発行システム:『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/ 
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