2008.05.29
号外(その1) 伊藤市長射殺に死刑判決
伊藤前市長を射殺したとして殺人、公選法違反
に問われていた暴力団幹部・城尾被告の判決公判
が5月27日、長崎地裁で行われ求刑どおり死刑
が言い渡されました。
今回は予定を変更して、当判決を巡る地元紙・
長崎新聞の対応について検証することとしました。
判決の翌日、長崎新聞はこの判決の記事で埋め
つくされますが、この死刑判決に対する当新聞の
論調は意外なものでした。
長崎新聞は事件発生から終始一貫、今回の犯行
を「民主主義への重大な挑戦」と位置づけ、「絶
対許してはならない」と訴えてきました。
例えば、
事件翌日、07年4月18日付け紙面では、
「一刻も早い回復を願う」と題するコラムを掲載、
「…卑劣な犯行に対し、強い憤りとともに、満腔
の思いで今度の犯行を厳しく糾弾したい。」
「これは民主主義への重大な挑戦であり、テロで
ある。」と主張します。
さらに、事件から1年経過した4月18日付け
社説では、
「選挙運動中の現職市長が銃で撃たれ、命を奪わ
れるなどということは、民主主義社会において決
してあってはならない出来事である。…われわれ
は、あの日の衝撃と怒り、悲しみを決して忘れな
い。卑劣な犯人を決して許さない。」
と主張しています。
(もっとも、連日にわたり多くの紙面を割いて
伝えること自体が、そうしたメッセージを発して
いるともいえます。)
ところがです。
今回の死刑判決を伝えるにあたって、長崎新聞
は豹変します。
判決翌日の5月28日付け社説は、次のように
述べ、今回の判決を重罰化、厳罰化の流れで位置
付けます。
「最近急増している死刑判決の背景には、重罰
化、厳罰化の流れがあると指摘されているが、今
回の長崎地裁の判決はこの流れをさらに加速させ
、定着させる意味を持つことになろう。」
「長崎地裁の今回の判断は、急増している最近
の死刑判決の流れに沿ったものだ。その背景とし
て指摘されるのが重罰化、厳罰化の傾向である。」
といった具合です。
しかし、今回の判決文(長崎新聞同日付けで掲
載された判決要旨)に目を通しますと、この社説
が、判決の重要部分、すなわち「量刑を死刑とし
た理由」を全く無視していることが分かります。
判決の【量刑の理由】に次のような箇所があ
ります。少々長くなりますが重要な部分なのでご
了承ください。
「暴力によって被選挙人の選挙運動と政治活動
の自由を永遠に奪うとともに、そのことによって
選挙民の選挙権の行使を著しく妨害したのであり、
民主主義を根幹から揺るがす犯行というべきであ
る。選挙民の自由を妨害する犯罪の中でも、これ
ほど直接的かつ強烈なものはない。民主主義社会
において到底許しがたい。」
「本件が地域社会ひいては社会全般に及ぼした
影響は重大であり、同種事犯の再発防止を求める
社会的要請は非常に大きいと考えられる。」
つまり、今回の犯行が民主主義を根底から覆す
行為であるがゆえに死刑を選択したことが、判決
文でははっきりと読み取れるのです。
この判決を重罰化、厳罰化の流れでとらえた当
新聞の社説が、いかに不自然であるか、これでお
分かりいただけると思います。
ここで注目していただきたいことがあります。
それは、この判決文が、事件発生以来、長崎新聞
が主張してきた内容とほぼ同一である、ということ
です。(次回に続きます)
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http://www.mag2.com/m/0000264051.html
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